トランプを読み解く

2019年3月19日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

トランプ流の「宴会術」とは?

 まず安倍首相同等の接遇とおもてなしが提供されたことで、中国側は先制点を取り、第1ラウンドの成功を収めた。

 サッカーの試合では、解説者がよく「先制点が大切です」とコメントする。プレミアリーグ2015/16年までの過去7シーズンのデータによると、先制点を上げたチームが試合に勝つ確率は69%、引き分けになる確率は19%、逆転勝ちの確率はわずか12%だったという。

 サッカーはバスケットボールのような大量得点型試合ではない。得点が入りにくいため、1つの得点、特に先制点が非常に重要だ。上記のデータにも示唆されているように、先制点を取ったチームの勝つ確率が高いことが通説になっている。故に、先制点を奪ったところで守りに入る傾向が一部の試合に見られる。

 国際政治の場も幾分サッカーの試合に似ている。先制点を取った習近平氏が「守り」の態勢に入ったところで、トランプ氏は不意討ちの一撃を加える。宴会が進み、前菜とメイン料理の段階ではまずい話を切り出せない。とにかく席を盛り上げるのみ。アジア人は盛り上がった宴席をぶち壊す性分ではない。それもまたトランプ氏にまんまと利用された。

 一瞬の出来事。シリア攻撃の知らせに、「イエス」か「ノー」かの反応をする時間はわずか数秒しかない。習氏に残された選択肢は事実上、「イエス」しかない。これまでの努力と成功を水の泡にするわけにはいかない。サンクコスト(埋没費用)の処理、これもまたアジア人の弱点である。

 国家としてある突発事件に対して立場の声明を出すには、内部の熟議が欠かせない。数秒の時間とは過酷だ。トランプ氏の謀略と手法は恐ろしいものだった。

 先制点を取らせて、いざ後半になると、不意討ちを仕掛ける。今年2月ベトナムのハノイで行われた米朝首脳会談においても、トランプ氏は同じ手法を使った(参照:米朝決裂をどう見るべきか?不敗の交渉と深遠な謀略)。会談に先立って、トランプ氏は「核実験がない限り満足」という姿勢を示し、先制点を金正恩氏に取らせておきながらも、本場の交渉では「未申告の他の核施設があること」を材料に持ち出し、「完全な非核化」を要求した。

 ただ、ハノイ会談と「マール・ア・ラーゴ」夕食会とは明らかな異質性がある。核問題はシリアにミサイルを撃ったという「他人事」ではなく、金正恩政権の存続にかかわる核心的事項であった。故に宴会のデザートタイムに切り出すのではなく、ランチそのものをキャンセルしたのだった。

もっとも有効な交渉とは?

 中国には「鴻門宴」(鴻門の会)という古典がある。項羽が劉邦を殺そうとし、客を招待して計略を巡らせ、政治的取引を図る招宴のことで知られている。習近平氏も「マール・ア・ラーゴ」の一件で「鴻門宴」たるトラウマを引きずりながら、ハノイでの米朝首脳会談を目の当たりにして、完全に尻込みしたのではないか。

 一方、トランプ氏は米朝首脳会談で示した「ダメなら、交渉から立ち去る」姿勢を示しながら、習近平氏との会談にあたって、「中途半端なオファーで協議の席に着くな」と圧力を加えた。これは謀略というよりも、氏の一貫した姿勢だった。

 トランプ氏は昨年9月29日夜、ウェストバージニア州で行われた集会でこう語った。「中国は市場開放と公平貿易をやる。さもなければ、彼たちと商売をやらない。それだけ単純な選択肢だ」

 いかにもトランプ流だった。もっとも有効な交渉は、交渉しないことである。彼の手腕はまさに交渉の極意を示唆するものだった。つまり、最良の交渉は特定の条件をめぐって話し合うのではなく、相手にシンプルな選択肢を突き付けることだ。この種の交渉は入念な事前作業を必要とする。相手の情報を集め、事態展開のシナリオを描くという一連の作業である。

 トランプ氏には中国の現状と情勢分析が欠かせない。

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