この熱き人々

2015年7月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

ピカソやゴッホなどの数々の名画を修復、海外の美術館からも高く評価されている。無心に作品に向かう謙虚な姿勢と、破壊と紙一重のリスクを負う勇気が、時を超え画家の思いを鮮やかに蘇らせる。

 東京駅から電車で1時間半ほどの千葉県佐倉市。静かな住宅街に溶け合う一軒の家が、「絵画のお医者さん」と呼ばれる絵画保存修復家・岩井希久子のアトリエだった。目に飛び込んできたのは、まるで待合室で診察を待っているように並べられた絵と、作業台、たくさんの道具類だった。修復作業用の拡大鏡、実体顕微鏡、ライト、照度計、温湿度計、補彩用の絵具の瓶、無数の筆、刷毛、竹べら、木べら、医療用のピンセットや注射器……綿の入った瓶や綿棒、竹串もある。

 「いまここに運び込まれているのは、アメリカのスミソニアン・アメリカン・アートミュージアムに貸し出す国吉康雄(1998-1953)画伯の絵で、コンディションチェックをして、それぞれの作品に必要な修復処置を施します。収蔵庫で眠っていても、絵は生き物ですから日々劣化しているのです。陽の目をみるこういう機会は、絵にとっては健康診断のチャンスです。横から見るとちょっと光って見えるでしょ。ニスが塗ってあるんです。過去の修復で保護のためにニスが塗られたのか、画家本人が塗ったものなのか。悩んでいます。画家の意思ではないと判断できなければニスを取ることはできません」

 画家が表現したかった風合いを見極めるために絵を見つめ、文献や同じ作家の他の作品を調べ、手がかりを求める。画家は何を伝えたかったのか、目の前の絵から見えない思いをくみ取り、声にならない作家の叫びを聞き取らなければ、いい修復はできないという。

 「名画の中には、見栄えをよくするために過度に色をのせて風合いが変わってしまったものや、高く売るために化粧直しされたものもあります。修復の大前提は、オリジナルの上に色をのせてはいけない、将来除去が可能なもので修復すること。腕を上げてくると、驕りが生まれてくるのかもしれませんね。でも、決して画家以上のことはできないのですから、修復家は黒子に徹することが大切なのです」

 明らかに過度の修復でオリジナリティーを失ってしまった作品も多く、そんな悲しい作品に出会うと心が痛むという。汚れや欠損などの病を治すだけでなく、失われたオリジナリティーを蘇らせることもまた修復家の仕事なのだ。

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