2024年4月26日(金)

公立中学が挑む教育改革

2018年12月28日

そもそもリーダーシップって必要なんでしょうか?

「まもなく開演でーす! お早めにご着席ください!」

 生徒だけでなく、保護者も数多く訪れた麹中祭。にぎわいと混雑の中、当日は運営を円滑に進めようとする春木さんの声が会場内外に響き渡っていた。入り口付近でふざけ合っている生徒にも「早く中に入って!」と呼びかける。このリーダーシップはどこから生まれたのだろう。改めて春木さんに問いかけてみる。

「あんな風に、その場の状況に合わせて臨機応変に動く力は、麹町中に入ってからの3年間で磨かれたものかな? という気がします」

「その臨機応変さに反対な部分もあるけどね。強制的に人を会場に入れたら『祭』じゃなくなるじゃん。本当の祭はみんなが好き勝手に楽しむものでしょ?」

 またしても冷静に疑問を投げかける豊田さんを見て苦笑しながら、春木さんは続けた。

この3年間で、臨機応変に動く力が磨かれたと語る春木さん

「うちの学校の場合、ああいう場面でも先生が何かを言うわけではないんです。だから自分が声を出さなきゃいけないと思いました。前は友だちの目を気にして、あんな風に大きな声は出せなかったけど……。2年生のときも報道局で文化祭準備に関わり、そのときに吹っ切れた感じです」

 以前と比べて、日常生活でも「思っていることをはっきり言うようになった」と感じているという春木さん。

「ただ、『リーダーシップとは何か?』と聞かれても正直難しいですね……。みんなをまとめる力だとは思いますが、そもそもリーダーシップって必要なんでしょうか? 一人ひとりが自分の責任を全うしていけば、リーダーがいなくてもまとまると思うんですよね」

 一人ひとりが自分の責任を全うする――。そのメッセージは、実行委員会の会合でも春木さんから発せられていた。

「特に役割を持たない人も、友だちの誰かを手伝ったり、会場で困っている人がいたら話しかけたりと、できることが必ずあると思います。それを周りの友だちにも伝えてください」

 楽しみ方が自分次第なら、リーダーシップの発揮の仕方も自分次第。そんな実行委員長の思いが結実したのが、あの祭だったのだろう。

来年はまったく違うものになる

 盛り上がりの余韻に浸る間もなく、生徒たちの目はすでに「次の麹中祭」に向けられている。

「先生とはもう、来年の話をしています。今年度中の2月頃から準備を始めるつもりです」

 そう豊田さんは話す。

 祭なんだから、席も自由でいいんじゃない? 体育館だけではなく校内のいろいろな場所を使って、複数会場で同時刻にさまざまな出し物が見られる「フェス形式」はどうだろう? オーディションをするのはジャンルが重なるものだけにして、あとは好きなように出演してもらうのがいいんじゃないか?

 さまざまなアイデアが生まれ、また新たな議論が始まろうとしている。

「なぜか恒例のようになっているクラス合唱と学年合唱をなくすという案もあります。歌いたい人は有志でやればいい。逆に『続ける意味があるの?』という気もするんです。僕は基本的に、今の決まりごとをまず否定していくことで、より良いものが生まれると思っています。それがさらに否定されるようなら続けていいのかもしれない。そんな風に議論していきたいです」

 来年の麹中祭は進化というより、まったく違うものになると思います――。そう言って豊田さんは目を輝かせた。

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▼連載『公立中学が挑む教育改革』
第1回:「話を聞きなさい」なんて指導は本当は間違っている
第2回:対立は悪じゃない、無理に仲良くしなくたっていい
第3回:先生たちとはもう、校則の話をするのはやめよう
第4回:教育委員会の都合は最後に考えよう
第5回:着任4カ月で200の課題を洗い出した改革者の横顔
第6回:“常識破り”のトップが慣例重視の現場に与えた衝撃
第7回:親の言うことばかり聞く子どもには危機感を持ったほうがいい
第8回:保護者も学校を変えられる。麹町中の「もうひとつの改革」
第9回:社会に出たら、何もかも指示されるなんてことはない
第10回:人の心なんて教育できるものではない(木村泰子氏×工藤勇一氏)
第11回:「組織の中で我慢しなさい」という教育はもういらない(青野慶久氏×工藤勇一氏)
第12回:「定期テスト廃止」で成績が伸びる理由
第13回:なぜ、麹町中学は「固定担任制」を廃止したのか
第14回:修学旅行を変えたら、大人顔負けの「企画とプレゼン」が生まれた
第15回:「頑張る」じゃないんだよ。できるかできないか、はっきり言ってよ​
第16回:誰かと自分を比べる必要なんてない(澤円氏×工藤勇一氏)
第17回:失敗の蓄積が、今の自分の価値を生んでいる(澤円×工藤勇一)
第18回:教育も組織も変える「魔法の問いかけ」とは?(澤円×工藤勇一)
第19回:「言われたことを言われた通りやれ」と求める中学校のままでいいのか(長野市立東部中学校)
第20回:生徒も教職員も「ついついやる気になる、やってみたくなる」仕掛け(長野市立東部中学校)

多田慎介(ライター)
1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。

  
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