この熱き人々

2017年4月19日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 2度目の大泣きは、名人戦の挑戦権を最年少の19歳で獲得して張栩九段と対局した時。井山はいきなり2連勝したが、その後3連敗、6局目に勝って最終7局目にまで持ち込んで敗れた。史上初の10代の名人誕生かと話題になったが、控え室に戻って涙が出たのはそれが理由ではないという。

 「2連勝した時にも勝っているのに苦しい。相手は負けたのに平然としている。張栩さんは目標にしてきた人で、実績も実力も上の人なんですけど、すごい迫力というか、圧倒されたというか……。打つ手に自信があふれているように感じられて、相手の打つ手がみんないい手に見えてくる。相手の手がよく見えてくるとけっこうきついんです。僕は自分を信じ切ることができなくて、技術面でも気持ちでも負けていたんです」

 翌年、再び張栩に挑戦し、4勝1敗。20歳でも史上最年少の名人誕生で、張栩をして「もう勝てないかも」と言わせた。井山の涙は勝負の結果で流れるのではなく、自らの弱点を思い知らされた時にあふれ、きっちり弱点を補強して脱皮する。

 今年は1月の棋聖戦からスタート。3月21日から23日にかけては日本、韓国、中国チームと囲碁AIとの国際戦に日本代表として出場。AIは日本で開発された「ディープゼンゴ」。

 30年前には日本の囲碁は世界で一番強かったが、スーパースターの登場で囲碁ブームが起き大躍進した韓国と、国を挙げて臨んでくる中国が、今では世界のトップ争いにしのぎを削り、日本は3番手に甘んじている。韓国最強のイ・セドルが、グーグル傘下の会社が開発した囲碁AI「アルファ碁」に1勝4敗で敗れて衝撃が走ったように、AIの躍進もすさまじい。

 「AIの優れた部分も、人間のほうが優れた部分もあると思っています」

 国内のタイトル戦で挑戦者を迎え撃ちつつ、挑戦者として失ったタイトルの奪還も目指す。さらにその上に、日本と人間を背負って世界とAIに挑戦する国際戦も多くなる。井山の頭脳が休まる暇はなさそうである。

写真・岡本隆史

いやま ゆうた/1989年、大阪府生まれ。96年、石井邦生九段に弟子入り。2002年、12歳で初の平成生まれプロ棋士となる。16年、囲碁界初の7冠を達成して大きな話題に。17年4月時点で通算タイトル獲得数42。

  
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◆「ひととき」2017年4月号より

 
 


 

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