フランセス・マオ、ジェイク・クォン
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が3日夜、「非常戒厳」の宣布を発表した。これを受けて大勢が国会議事堂の周りに集まり、戒厳令に抗議。国会は素早く、解除の要求を議決した。
このため大統領は4日朝、戒厳令を解除すると表明した。あまりに突然の出来事に、国民はあっけにとられた。尹氏はなぜこのような行動に出たのか。
大統領はどんな立場にいたのか
尹大統領は3日夜に「非常戒厳を宣布する」と発表した際、北朝鮮の脅威や「反国家勢力」から韓国を守り、自由な憲法秩序を守るためだと説明した。しかし、尹氏が韓国で40余年ぶりに戒厳令を発動する本当の理由は、外部からの脅威ではなく、本人が政治的に追い詰められているからだというのは、間もなくはっきりした。
尹氏は2022年の大統領選挙で保守強硬派の候補として勝利し、同年5月に大統領に就任した。だが、今年4月の総選挙で野党が圧勝。以来、レームダック(死に体)状態となっている。
政府として国会で法案を通すことができず、リベラルな野党が通過させた法案に拒否権を発動する程度のことしかできない状況だ。
加えて尹氏は今年、いくつかの汚職スキャンダルに見舞われてきた。妻をめぐっては、高級ブランドのディオールのバッグを受け取ったとされる疑惑や、株価操作に関わったとされる疑惑が浮上した。
このため支持率も低下し、17%前後という低水準で推移している。
尹氏は先月、テレビの全国放送で謝罪。ファーストレディー(大統領夫人)の職務を監督する事務所を設置すると述べた。だが、野党が求めていた本格的な捜査については拒否した。
そして今週、野党は政府予算案の大幅減額を提案した。大統領は予算案には拒否権を行使できない。
野党は同時に、複数の閣僚と、政府監査機関のトップを含む検察幹部らについて、大統領夫人に対する捜査を怠ったとして弾劾に動いた。
これからどうなるのか
尹氏による非常戒厳の宣布に、多くの人はあっけにとられた。国民は6時間にわたり、非常戒厳が何を意味するのかをめぐって混乱した。
しかし野党は素早く集結し、与党議員と共に必要な票数を集め、国会として非常戒厳の解除要求を議決した。軍と警察が多数出動していたものの、軍が首都を掌握する事態には至らなかった。
韓国憲法は、国会が戒厳令の解除要求を決議した場合、政府はそれに応じなくてはならないと定めている。戒厳司令部が議員を拘束することも禁じている。
これからどんな展開があり、尹氏がどうなるのかは、はっきりしない。3日夜に国会前に集まった抗議者らからは、「尹錫悦を逮捕しろ」という声も上がっていた。
いずれにしても、尹氏の性急な行動が韓国をあぜんとさせたことは確かだ。国民は自分たちの国を、独裁政権の時代から大きく進歩した、繁栄した近代民主主義国家だとみなしている。
その民主主義社会にとって、今回の出来事は、ここ数十年で最大の挑戦だと見られている。
専門家らは、民主主義国家としての評判を落とすという意味では、2021年1月6日に起きた米議会議事堂襲撃事件よりも大きなダメージを、韓国にもたらすかもしれないとしている。
ソウルにある梨花大学のレイフ=エリック・イーズリー教授は、尹氏の非常戒厳の宣布について、「法的に無理し過ぎで、政治的にも判断ミスだったと思われる。韓国の経済と安全保障を不必要に危険にさらすものだった」と分析。
「彼の発言は、四面楚歌の政治家のようだった。増え続けるスキャンダルや、組織的な妨害行為、弾劾の要求などに対して懸命に対処しようとしているが、それらはすべて、今後ますます強まっていくだろう」と述べた。
(英語記事 Why South Korea's president suddenly declared martial law)