経済成長を後押しする
大規模発電プロジェクト
東京ドームの48倍。この果てしもなく広大な敷地を前に、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は2015年8月28日、かつてない巨大発電所の建設着工を高らかに宣言した。
ジャカルタから東へ約350km。中部ジャワ州バタン県の北岸部に、大規模な石炭火力発電所を建設する。急伸する電力需要に応えるため、この政府肝入りの国家プロジェクトが始まったのはその4年前、2011年のことだった。
インドネシア国有電力会社(PLN)が募集した国際入札で、Jパワー、伊藤忠商事、現地アダロパワー社のグループが交渉権を獲得。同年10月、3社共同出資の事業会社PT. Bhimasena Power Indonesia(BPI)とPLNとの間で、合計出力200万kWの発電所が生み出す電力を25年にわたって供給する長期売電契約が成立した。
インドネシア産の石炭を燃料とし、日本が誇る世界最高水準の発電方式と環境対策を採用。石炭の使用量とCO2の排出を抑える環境親和型高効率発電のモデル事業として、民間資本で建設・運営する同国最大規模の発電プロジェクトが発進した。
「大事業の幕は切って落とされた。さあ、進めてほしい」。大統領の着工宣言を受けてそう激励された気がしたと、当時、プロジェクトの一員として東京のJパワー国際営業部にいた佐野正幸氏は振り返る。
佐野氏は土木の専門家だ。現地で敷地造成が始まったのを受け、BPIの土木担当マネージャーとして赴任した。「土木工事は建屋建築などに先行する建設工程の一番手。遅れるわけにはいきません。この国の電力需給に大きな意味のあるプロジェクト。その責任の重さを日々感じています」と佐野氏は言う。
インドネシアにとってこの事業は産業・経済の未来がかかる重大事案。2億5000万人を超える人口は東南アジア最大にして世界4位。その旺盛な個人消費に牽引され、電力需要も急増中。電力不足を避けるため、発電設備の増強は避けては通れない国策だ。インドネシア経済成長促進・拡大基本計画の一環でもあり、「Jパワーの威信をかけた挑戦」(佐野氏)でもある。
その使命を帯びたJパワーからの現地駐在員は、現在約30名。海外案件としては過去最大となる陣容で、建設工事の施工監理と技術支援、運転準備等に当たっている。
プロジェクトを動かす
協力・連携・人財
このプロジェクトは、設計・調達・建設の全工程をコントラクタ(建設業者)が一括で請け負って工事を進めている。基本的な性能は発注側から要求するが、実作業の大部分はコントラクタに委ねるのが定石だ。
「とはいえ、発注側と業者側の視点は必ずしも同じではありません。発電所完成後の運転・保守を担う立場からすれば、長期にわたり安定的に運用できる品質の確保が最重要の課題。一方、業者側では作業効率やコストも無視できない。それでも『いいものを作りたい』というお互いの想いは共通です。業者側と一体となって、納得がいくまで話し合いを続けます」(佐野氏)
例えば、沖合から陸地に燃料を運ぶための揚炭桟橋の建設では、設計段階の擦り合わせだけで1年以上を費やした。土木構造物に安易な妥協は許されない。何度も技術協議を重ねてようやく詳細仕様が固まり、1本目の杭が打設されたときの感慨は忘れられないと佐野氏は話す。
電機設備担当の駐在員、筬島章博氏もカウンターパートのPLNとの協議での経験をこう話す。
「詳細設計を検討するなかで、将来的な保守の観点から設備の一部に設計変更が必要になり、PLNに申し入れて何度も説明を行いました。ところが、一向に話が進まない。技術的にも安全性にも問題がないはずなのに、なぜなのか。解決へのヒントは、違うところにありました」
文化が違えば、組織の動かし方も変わって当然、日本の道理がそのまま通じるとは限らない。筬島氏はかつて中国での案件で学んだ鉄則に立ち返り、この国の社会事情や行動様式を調べ、相手の基本的な考え方を理解することで難局を乗り切った。
そこで大きな存在感を示したのが、現地雇用の社員である。BPIには現在、約150名のローカルスタッフがいるが、その多くは発電プラントでの実務経験を持つ即戦力で、中には数百倍の募集を勝ち抜いた人財もいる。「地場に根を張る彼らとの会話や情報交換が、現地の・流儀・を知るうえで非常に大きな力になりました。ローカルスタッフの協力と信頼がなくては、どんな案件も成功しないでしょう」と筬島氏は言う。
国家に貢献できる仕事に惹かれ、人財はインドネシア全土から集まってくる。「彼らは皆、このプロジェクトを誇りにしてくれています。そのことが何よりうれしいし、生き生きと働くその姿に、この仕事の魅力を再認識させられる思いです」。