ドミニク・カシアーニ、ショーン・コクラン、フランセス・マオ
イギリス王室のヨーク公アンドリュー王子は13日、中国政府のためのスパイ行為が疑われている実業家との関係について、イギリス政府の助言を受けて「全ての接触を中止した」と声明を発表した。
イギリスの国家安全保障に関する移民の扱いを審理する特別移民上訴委員会(SIAC)は12日、「H6」とのみ呼ばれる人物に関する判断を公表した。それによると、1974年生まれで、中国の若手官僚を経て2002年にイギリスに留学した中国生まれの実業家について、2023年3月に当時の保守党政権がイギリス国外への追放を決定。「イギリスの国家安全保障を脅かす可能性がある」というのがその理由だった。「H6」はこの決定を不法としてSIACに訴えたが、SIACは今回、政府決定を維持すると判断した。
SIACはその判断の中で、「H6」がアンドリュー王子と「異例なほど親しい関係」にあったと指摘。2020年に王子の誕生日パーティーに招かれたほか、中国で協力者や出資者になり得る相手に対して王子の代理人として行動することが、王子側の側近から認められていたという。
この人物についてイギリスの情報当局が厳重な身辺調査を行い、王室関係者への影響力を獲得するため行動していると懸念していたことが、SIACの判断からうかがえる。
「H6」と呼ばれる人物がどのようにしてアンドリュー王子と親しくなったのかは明らかにされていないが、2021年11月にはイギリス国境で警察が、外国政府による「敵対的行動」の疑いで事情聴取している。この際に「H6」は携帯電話など複数の電子端末を、警察に渡している。端末から得た情報にイギリス保安局MI5が強い懸念を抱いたため、2023年にスエラ・ブラヴァマン内相(当時)が「H6」の国外追放を決定したという。
「H6」所有の電子端末から発見された中には、アンドリュー王子の側近ドミニク・ハンプシャー氏からの手紙があり、「(王子の)信頼を得ている最も親しい側近を除けば、大勢がかかわりたいその序列の中で、あなたは一番てっぺんにいる」、「あなたの助言のおかげで、だれにも気づかれずにウィンザーの邸宅に大事な人たちが出入りできるようになった」という記述があったという。さらにハンプシャー氏は「H6」への手紙で、「中国で協力者や出資者になり得る相手」に対して王子の代理人として行動することを認めていたという。
アンドリュー王子と電話で会談する際の「主要ポイント」というリストも発見され、そこには「重要:期待感を適切に抑えるように。あまり期待させすぎないことが非常に重要。彼は必死な状況にあるので、何にでもくいついてくる」と書かれていた。
こうしたことからSIACは、「H6」が中国高官とイギリスの実力者の間に関係を作り出せる」立場にあり、そうした関係は「中国国家によって政治介入の目的に利用され得る」と認定した。
イギリス当局は後に「H6」に対して、中国共産党中央委員会直属の中央統一戦線工作部の関係者だろうと告げているという。中央統一戦線工作部は、対外的な影響力工作を展開しているとみられている。
SIACの判断公表を受けて、アンドリュー王子は声明を発表。「公式なルート」を通じてその人物と会ったが、「機密にかかわる内容の話は一切していない」と述べた。
王子の事務所は、国家安全保障に関する問題については「これ以上コメントできない」としている。
王子の声明は、王子が「H6」との接触をいつ断ったのか、あるいはいつからいつまでやり取りを続けていたのか、明示していない。
イギリス王室の代理をつとめるバッキンガム宮殿は、アンドリュー王子が現在、王族としての公務についていないため、王子の代理でのコメントは控えると述べた。
イギリスの中国大使館は、「H6」によるスパイ工作を否定。「中国を狙った」「根拠のないスパイ物語」で、「中国に汚名を着せ、中国人とイギリス人の間の正常な交流を妨げようとする」人間がイギリスにいると非難した。
大使館はさらにイギリス政府に対して、「問題を引き起こすのを止めて」、「いわゆる『中国脅威論』を広めるのを止めるよう」求めた。
アンドリュー王子は2019年11月、性的人身取引で起訴され勾留中に急死した米富豪ジェフリー・エプスティーン被告(66)との友好関係をめぐるスキャンダルを機に、王室の公務から距離を置くと発表した。2001年に当時17歳のヴァージニア・ジュフリー氏(38)に性的暴行をしたとして、同氏からアメリカで訴えられている民事訴訟をめぐっては2022年に、双方の弁護士が和解を発表。ジュフリー氏が和解金を受け取ったという。和解金は数百万ポンドに上ると推測されている。
こうしたことから近年では、王子の判断力や経済状態がしきりに疑問視されてきた。
「エリート捕獲」作戦への懸念
NPO「China Dialogue」の創設者イザベル・ヒルトン氏は、BBCニュースに対し、中国政府の工作員は通常、「貴族院(上院)議員や著名な実業家、またはイギリス国内で影響力を持つ人たち」を、影響力工作の標的にするものだと話した。
王族を標的にするのは「非常に野心的」な工作で、「標的にされるような立場に王室関係者が自分を置くのは、きわめて不見識なこと」だとも、ヒルトン氏は述べた。
MI5などイギリスの治安当局は、厳しい状況に置かれていたアンドリュー王子に対して中国当局が「エリート捕獲」作戦を展開しているようだと懸念していた。この活動を通じて、著名な有力者を中国の事業やシンクタンクや大学の重要ポストにつけようとしていたとみられる。
SIAC判決によると、MI5のケン・マカラム長官が、中国による政治的干渉がイギリスに与える脅威について懸念を示し、中央統一戦線工作部などの組織が「忍耐強く資金豊富な偽装工作を展開し、影響力を買い取り、行使しようとしている」と述べていた。
イギリス内務省は、「H6」が中国共産党の関係者として、秘密の偽装工作に従事していたとみて、アンドリュー王子との関係が政治介入に利用される可能性があると主張していた
(英語記事 Alleged Chinese spy had 'unusual degree of trust' with Andrew / Prince Andrew says he 'ceased all contact' with alleged Chinese spy)