2024年12月23日(月)

中東を読み解く

2018年4月11日

 シリアで繰り返された化学兵器使用について、トランプ米大統領はアサド政権の残虐な行為と断じ、「高い代償」を払わせるとして、一両日中に同盟国の英仏とともに、懲罰の軍事攻撃に踏み切る可能性が高まってきた。しかし、この毒ガス使用を招いた原因は他ならぬトランプ氏にある。アサド政権に誤ったメッセージを送ってしまったからだ。

誤った“青信号”が引き金

(cepera/iStock)

 塩素ガス弾と見られる兵器が使われたのは4月7日。首都ダマスカス近郊の反体制派の拠点、東グータ地区ドゥーマへの政権軍の空爆だった。空爆後、子供も含む住民約500人が窒息状態となり、救援活動組織によると、49人が死亡した。同地区は3月から政権軍やロシア軍の猛爆にさらされ、約1600人が犠牲になり、最後まで抵抗を続けていた過激派「イスラム軍」も退去に追い込まれた矢先だった。

 トランプ大統領はアサド大統領を「けだもの」と呼び、「起こってはならない人道的な問題だ。ロシアであれ、シリアであれ、イランであれ、誰であっても突き止める。(攻撃した者は)高い代償を払うことになる」と言明。「9日中にも決断する」として、シリアへの軍事攻撃の可能性を強く示唆した。

 トランプ氏はほぼ1年前の4月6日、アサド政権軍がサリンガスを使ったとして、地中海の米艦船から同国西部の空軍基地に59発の巡航ミサイル「トマホーク」を撃ち込んだ。今回は有志連合の英、仏軍との共同攻撃が濃厚となっており、地中海からのミサイルやステルス爆撃機による空爆が検討されている。

 攻撃が前回と同じシンボリックなものに終わるなら、今後の化学兵器使用の抑止力にならない恐れがあるため、より大規模な攻撃になる公算が強い。しかし、ロシア側に被害が出れば、ロシアとの直接対決になりかねず。この点が慎重に考慮されているもよう。

 このロシアが化学兵器使用を事前に関知していたか否かは別にして、政権側の毒ガス攻撃の引き金になったのは、マケイン米共和党上院議員も指摘しているように、トランプ氏の一連の「シリア撤退」発言だったろう。

 トランプ氏は3日、「シリアから撤退したい。米軍を帰国させたい」などと、早期撤退論をぶった。同氏は元々「米第一主義」に基づき、国益にならないような外国への介入には否定的。選挙期間中から、アサド政権の打倒を掲げていたオバマ前大統領を批判し、シリアには関わらない方針を示していた。

 米国は現在、シリア東部に特殊部隊2000人を派遣。過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討を地元のクルド人武装勢力に担わせ、同勢力に助言や訓練を行ってきた。トランプ氏はマティス国防長官らの反対にもかかわらず、目標のIS壊滅がほぼ達成されたとして、持論の撤退論を主張し始めていた。

 アサド氏はこうしたトランプ氏の姿勢を「たとえ化学兵器を使用したとしても、トランプは放置、容認するだろうと足元を見透かした」(ベイルート筋)のではないか。トランプ氏が“誤った青信号”を発したと言えるだろう。

 1990年の湾岸戦争の直前、米国の駐イラク大使がイラクの独裁者サダム・フセインに対し、「国境問題には介入しない」と発言。フセインがこれをクウエート占領の容認メッセージと受け取り、イラク軍の侵攻を招いた過去を想起せずにはいられない。


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