「春運」が単なる帰省ラッシュで終わらないのは、この問題が不平等な戸籍制度と密接に関連しているからだ。中国の戸籍制度の下では、子どもは親の戸籍を引き継がなければならない。一部の制度改革中の地域を除き、農村戸籍の親の下に生まれた人は、大学を卒業して都市で就職するとか人民解放軍に入隊するなど、限定的な方法でしか都市戸籍を得ることができない。高等教育を受けていない肉体労働者は、長年都市で働いていても市民権を得られず、農村と都市を行ったり来たりの渡り鳥のような生活を強いられる。都市の過密化が進むなか、最近では高等教育を受けた人でさえ、都市戸籍を得られない状況さえ生じている。都市で市民権を得て安定した生活を送っているなら、あるいは、日頃から家族と一緒に暮らしているなら、こうした人たちの多くは混雑する旧正月にわざわざ移動しないかもしれない。
「故郷はガソリンスタンドのようなもの」
気の許せる家族も友達も近くにおらず、安らげる場所がない出稼ぎ労働者が国民の大きな部分を占めるのだ。政府は彼らに対する対応を誤らぬよう、細心の注意を払わなければならない。そうでなければ、彼らが普段から抱いている憤怒に火がつき、暴動に発展するかもしれない。政府は、出稼ぎ労働者が家族と再会するための貴重な時間をしっかりと守らなければならないのである。『華商報』(2011年2月1日)のコラムに次のような一節があった。
「多くの人が息をつける港のような家、それが多くの中国人にとって精神的なよりどころだ。1年の疲労も疲れも、白眼視や差別されたことも忘れる。家に帰って父母の笑顔を見て、故郷で子どもたちの“お父さん、お母さん”という声を聞けば、くやしさも苦労も緩んでいく。これまでやってきたことには意味があったと思える。故郷はガソリンスタンドのようなものだ。十数日という短い間でもそこで休憩することで、自信と勇気をもつことができる。どんなに遠くても故郷に通じる道があるなら、家に帰りたいという気持ちを抑えることはできない」
月収の4倍かけて美容整形する新世代農民工
ここで、最初に紹介した我が家に来ている23歳のインティについて少し話そう。彼女は、中学卒業後から7年間北京で家政婦をしている。今はうちのほかにもう1軒の家でも働き、合わせて3000元程度(約3万6000円)の月収を得ている。家賃500元のアパートの一間に姉と一緒に住んでいる。インティを漢字で表すと「引弟」。両親は男の子が欲しくてこのような名前を彼女につけたのだろう。インティが幸をもたらしたのか、彼女の後には男の子が生まれた。
インティは典型的な「新世代農民工」(新しい時代の出稼ぎ労働者)と言えるだろう。髪を茶色に染め、流行のミニスカートに鮮やかな色のジャンバーを着ている。暇があれば、友達に携帯電話でメッセージを送っている。明らかに、子どもの教育費や親に送金するために自己犠牲を厭わないというような古いタイプの出稼ぎ労働者ではない。新世代農民工は営農経験がなく、都市での生活に慣れており、農村に帰りたくはないと考えている。また、稼いだ金の大半は自分のために使っていると言われる。
インティが北京に来たばかりの頃に派遣されたのは、大手IT企業の役員の家で、2人の子どもの世話をすることが彼女の仕事だった。現在、子どもたちは寄宿制の幼稚園と小学校に入っているため、インティは週末のみ、時々この家に行っている。彼女はここで出身の貧困農村とはあまりにもかけ離れた世界を見た。役員の母は市の高官で6つのマンションを所有し、3人の子どもそれぞれに分け与えた。役員はIT企業の資金でナイトクラブを何軒も経営し、妻は子どもを寄宿学校に預けながらも仕事をせず、好きなことをして生活を楽しんでいるという。