ロシアの首都モスクワで17日朝、爆発があり、ロシア軍の放射線・化学・生物学防護部隊のトップ、イーゴリ・キリロフ中将(54)と側近1人が死亡した。キリロフ中将は、ウクライナでの戦場で化学兵器の使用を指示したとして、西側諸国から非難されていた。ウクライナ側は同中将を「正当な標的」だとしている。
キリロフ中将はロシア国内では、真実を求めて戦い、西側諸国の「犯罪」を暴く、精力的に活動する愛国者とみなされていた。
ウクライナ保安庁(SBU)関係筋は、爆発の背後には「戦争犯罪人」に対する特別作戦があるとし、キリロフ氏はその「正当な標的」だと述べた。
ウクライナの情報筋はBBCに対し、2人はウクライナの治安当局に殺害されたと語った。
これまでのところ、ウクライナ政府はキリロフ氏が死亡したことについてコメントしていない。
ロシア当局によると、キリロフ氏と側近は、モスクワ南東部のリャザンスキー・プロスペクトにある、キリロフ氏の自宅が入る集合住宅から出てきた際、電動キックボードに仕掛けられた爆発物によって殺害された。
ロシア連邦捜査委員会は、爆発物は遠隔操作で起爆されたとしている。
現場の画像では、建物の入り口がひどく損傷し、壁に焦げた跡が残っているのが確認できる。また、多数の窓が吹き飛んでいる。路上には二つの遺体袋が見える。
捜査当局は集合住宅の一帯を封鎖し、現場をくまなく調べた。
連邦捜査委員会は、「2人の軍人の殺害について、刑事事件として捜査を開始した」と発表。
捜査官や科学捜査の専門家などが現場で活動しているとした。
リャザンスキー通りで起爆した爆発物には、TNT火薬300グラム相当の爆発力があったと、ロシアの国営通信社は報じた。
報道によると、爆弾の専門家と捜索犬が現場周辺を調べたが、ほかに爆発物は見つからなかった。
複数の専門家はBBCヴェリファイ(検証チーム)に、現場をとらえた複数画像から判断すると、爆発は即席爆発装置(IED)で引き起こされたようだと語った。IEDは通常、くぎやガラスなど、容易に入手できるものを含んだ、手製爆弾の一種を指す。
ロシアでは以前にも、高官が暗殺されたことはあるが、首都モスクワで殺害されるのは異例。
ウクライナ侵攻開始から3年近くがたった今でも、多くのモスクワ市民にとっては、戦争は遠く離れた場所で起きている、テレビや携帯電話で見かけるだけの出来事のままだ。
キリロフ氏の殺害は、ロシアの人々にとって、ウクライナとの戦争が非常に現実的かつ身近なものであるということを示している。
キリロフ中将とは
キリロフ氏はその異様な記者会見で知られるようになった。イギリス外務相は、同氏を「クレムリン(ロシア大統領府)の偽情報のための重要な代弁者」としている。
キリロフ氏は、アメリカがウクライナで生物兵器研究所を建設していると主張したこともある。この主張は、ウクライナ侵攻を正当化するのに利用された。
ウクライナ軍がロシア西部クルスク州へ越境攻撃を開始したことをめぐっては、ウクライナの「優先的な目的の一つ」はクルスク原子力発電所の奪取だと主張した。
また、ウクライナが放射性物質の入った「汚い爆弾」の開発を目指しているとの主張も繰り返した。
キリロフ氏は2年前、「ウクライナの二つの組織が、いわゆる『汚い爆弾』を製造するよう具体的な指示を受けている。この作業は最終段階にある」と主張した。
西側諸国は、これらの主張は「明らかに虚偽」だと一蹴した。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、キリロフ氏の主張は、実際にはロシアが、「汚い爆弾」を既に準備していることを示唆していると警告した。
ウクライナでの禁止化学兵器の「大規模使用」
キリロフ氏は、ロシアのティモシェンコ放射線・化学・生物防護アカデミーを率いた後、2017年にロシア陸軍の放射線・化学・生物防護部隊のトップに就いた。
ロシア国防省によると、この部隊の主な任務は、危険を特定して部隊を汚染から守るだけでなく、焼夷(しょうい)性のある手段を使って敵に損害を与える」ことだという。これは、帰化爆弾を搭載したサーモバリック弾頭を使用して標的を破壊できる、ロシアの火炎放射システムを指していると考えられる。
英外務省は10月、キリロフ氏が指揮した部隊は「野蛮な化学兵器」をウクライナに配備していたと指摘。暴動鎮圧剤の広範な使用と、「有毒な窒息剤クロルピクリンの使用に関する複数の報告」が上がっていると強調した。
キリロフ氏が殺害される前夜、ウクライナ保安庁(SBU)は、ウクライナ東部と南部の戦線における、禁止化学兵器の「大規模使用」に絡む刑事事件の裁判で、キリロフ氏が出席していない状況で、同氏の名前が挙がったことを明かしていた。
SBUは、同氏には「禁止化学兵器の大量使用に対する責任がある」と、メッセージアプリ「テレグラム」で述べた。
2022年2月にロシアがウクライナへの全面侵攻を開始して以降、ウクライナ領内でキリロフ氏の指揮の下、「敵が化学兵器を使用した事例は4800件を超える」と、SBUは指摘。
有毒物質が戦闘用手投げ弾だけでなく、ドローン攻撃にも使用されたとしている。
ロシア政府はこうした主張を否定している。
アメリカは5月、ロシアがウクライナでの「戦争の手段」として化学兵器を使用し、化学兵器の使用を禁止する国際法に違反したと非難した。
米国務省関係者によると、ロシアは「戦場での利益」獲得のために、窒息剤クロルピクリンをウクライナに対して使用した。
SBUは、ロシア軍がドローン(無人機)を使って、ウクライナ兵がいる場所に化学兵器を投下したとしている。
ウクライナのアルテム・ヴラシウク大佐は以前、戦争が始まってから2000人以上のウクライナ軍人が、化学兵器による中毒症状で入院治療を受け、3人が死亡したと述べていた。
クレムリンは当時、「根拠がない」としてこうした非難を一蹴した。
ロシアの軍と政治体制に衝撃
キリロフ氏の死は、ロシアの軍と政治体制に衝撃を与えた。ロシア議会では1分間の黙とうがささげられた。
上院のコンスタンチン・コサチョフ副議長は、「取り返しのつかない損失」だと述べた。元軍人のアンドレイ・グルリョフ下院議員は、キリロフ氏の死に対する報復を免れることはできないとした。
キリロフ氏は戦場で使用する兵器を調達する責任を担い、「アメリカとその衛星国の犯罪行為」を明確に理解していたと、グルリョフ氏は述べた。
ロシア政府に忠実な支持者たちは、今回の出来事を、ウクライナにロシア政府高官を標的にする能力があることを証明するものだとみている。
(英語記事 Igor Kirillov: Russia's chemical weapons chief and mouthpiece killed in Moscow/General killed in Moscow a legitimate target, says Ukraine)