スティーヴ・ローゼンバーグ・ロシア編集長
見た目と現実。モスクワでは常に、これが互いにせめぎ合っている。
3年近く戦争が続いているというのに、生活はごく普通に見える。地下鉄は通勤する人たちで混雑し、バーやクラブは若者でにぎわっている。
そうしたなか、突然、現実を思い起こさせる何かが起きる。「今のロシアに普通のことなどない」という現実を。
その「何か」は、モスクワの防空網をくぐり抜けたウクライナのドローン(無人機)かもしれない。
または、もっと劇的な、17日に起きたようなことかもしれない。この日の朝、ロシア軍の将官が、集合住宅から出てきたところを暗殺された。
イーゴリ・キリロフ中将と、その補佐官のイリヤ・ポリカルポフ氏は、電動キックボードに仕掛けられた爆弾で殺害された。このことはロシアに、対ウクライナ戦争の現実を突きつけることとなった。
少なくとも、現場近くで暮らすロシア人たちにとっては。
「ニュースで読んでいる分には遠くのことのように感じるが、自分の隣で起きるとまったく違って恐ろしい」と、リザさんと名乗る女性は話した。リザさんは爆発現場の隣の建物に住んでいる。
「今までは(戦争は)ずっと遠くで起きていることのように感じていた。でもここで人が死んで、影響を感じる」
「ものすごく不安だ。どんな音にもびくびくする。ドローンなのか、それとも工事の音なのかと」
ロシアがウクライナで進めている戦争は遠くの出来事だという認識は、モスクワでたびたび耳にする。かなりの国民にとって、この戦争はテレビやスマホの中だけで体験するものになっているようだ。多くの点で、バーチャルな戦争なのだ。
死傷者の多さを考えれば、これは本当に驚くべきことだ。
しかし今回、モスクワでロシア軍の将官が殺害された。これは強烈な警報だ。この戦争がまさに現実であり、非常に身近なものだと証明することとなった。
ロシア当局にとっても、警報となるのだろうか。
多分ならないだろう。クレムリン(ロシア大統領府)がウクライナに関してUターンする兆しはほとんどない。逆に戦争を激化させる可能性の方がはるかに高い。
その兆候はすでに見られる。
ロシア国営テレビの政治トーク番組の司会者は、キリロフ中将の殺害に関して、ウクライナを非難。「この攻撃で(ウクライナのウォロディミル・)ゼレンスキー大統領は、自らの死刑判決に署名した」と主張した。
ロシアのドミトリー・メドヴェージェフ前大統領も、「捜査当局はロシアで犯人を見つけなければならない」、「キーウから犯人を支援している者たちを壊滅させるために、あらゆることをしなくてはならない」と述べた。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、今回の殺害事件について公式には反応していない。
しかし、これまで何度も、安全保障上の脅威に直面すれば、ロシアは「常に対応する」と述べてきた。
その宣言に基づけば、報復の可能性は高い。
プーチン氏は19日、年末恒例の記者会見と国民との電話対談を行う予定だ。例年なら、すべての主要テレビ局がこの長時間のイベントを生中継する。
この機会を使って、プーチン氏はキリロフ中将の暗殺についてコメントするだろうか。
また、シリアについて沈黙を破るだろうか。プーチン氏はこれまで、シリアのバッシャール・アル・アサド政権の崩壊について、公の場では何の発言もしていない。シリアはロシアにとって、中東における重要な同盟国だ。
そして、いまだに「特別軍事作戦」と呼び続けるウクライナでの戦争が3年目に入ろうとしている今、プーチン氏はロシアの行く末について、国民に何を語るのだろうか。
(英語記事 General's assassination pierces Moscow's air of normality)