2025年1月10日(金)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2025年1月9日

日米両国とも熱くなってはいけない

 まず、アメリカにとってはUSスチールの高炉が競争力を維持するには、日鉄の製造技術が不可欠である。仮に今回の買収が失敗に終わった場合には、USスチールの経営が行き詰まったり、高炉が廃止になったりする可能性がある。経済合理性から考えれば、アメリカ経済にとって両社が組むことにはメリットがあり、買収が失敗に終わるのはデメリットでしかない。

 一方で、日本の場合だが、日鉄は既に製造も販売も国内比率が50%を切ろうとしており、もはや日本企業というよりも多国籍企業である。そして、今回の買収提案は、その海外比率を高めるだけである。

 もちろん、日本発祥で日本名を持つ企業が世界経済の中で活躍するのは誇らしい。けれども、多国籍企業が海外で収益を上げたとして、その好決算が円安のために膨張した数字となって日本本社の連結決算に加算されたとしても、これは日本の国内総生産(GDP)には寄与しない。

 円安に苦しみ、貧困の拡大や地方の衰退に苦しむ日本の国内経済とは、直接関係はないのだ。かつて、日本の製造業は日本で作って、文句を言われても頑張ってそれを海外で売って稼いでいた。そのカネは日本国内に還流して、日本の社会を先進国、いや経済大国に押し上げた。けれども、当初は円高を理由に進められた空洞化が進みすぎた現在、今は日本の一人当たりGDPが韓国に抜かれ、3万ドルという先進国水準からこぼれ落ちそうになっている。

 その背景には、競争力の低下、生産性の低下があり、そして人口減少がある。その中で多くの企業がより海外を目指すのは、各論としては合理的であり非難はできない。けれども、もはや日本経済には寄与しない海外での企業買収に関して、日本の世論や政治は外交孤立を覚悟してまでエキサイトする必要はない。さらに言えば、政治や外交問題にすればするほど、法廷闘争では不利になる危険もある。

 つまり、アメリカにしても日本にしても、純粋な国益を考えたら世論としては今回の買収提案の問題に対して「熱くなる」必要はないということだ。


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