買収はあくまでビジネスの話
また、今回の買収提案は高炉による高品質の高張力鋼板、つまり自動車のボディに使用する高品質の鉄鋼を生産する話が中心である。だが、この自動車のボディという使途自体が変革の波にさらされている。中国をはじめとした廉価で高効率の電気自動車(EV)開発にあたっては、骨格はともかくボディは合成樹脂のものも模索されている。
また、トランプ政権入りが予定されているイーロン・マスク氏の率いるテスラ社では、EVのボディにアルミを使用する試みもしている。同社の最新の『サイバートラック』というモデルでは、平面のステンレス板でボディを組み上げるなど、素材そのものをゼロベースで見直し続けている。
また自動運転技術(AV)が劇的に進化して、車両の衝突事故が回避できるようになれば、柔構造のボディでもトータルな安全が確保される時代も来るであろう。そう考えると、高品質な高張力鋼板という商品へのニーズも、実は期間限定であるかもしれない。
仮に高品質な鋼板は不要だということになれば、くず鉄資源が豊富で電力もふんだんに供給可能なアメリカの場合は、電炉による鉄のリサイクルをした方が、コストを4分の1以下に抑えることができるようになる。そう考えると、今回の日鉄の買収提案というのは、技術の過渡期における期間限定のビジネスということになる。
そこには経済的には十分な合理性がある一方で、国益を損なっても追い求めるほどの劇的なものはない。とにかく日米両国の世論は一旦冷静になるべきだ。にもかかわらず、政治問題化して、外交面でのリスクを取ろうというのは日本側もアメリカ側も間違っている。