日本はノーベル賞受賞者が多い。2011年以降でも、こんなにいる。今年の硤合憲三氏(化学賞)、25年北川進(化学賞)、 坂口志文(生理学・医学賞)、24年日本原水爆被害者団体協議会(平和賞)、21年真鍋淑郎(物理学賞)、19年 吉野彰(化学賞)、18年 本庶佑(生理学・医学賞)、16年大隅 良典(生理学・医学賞)、15年梶田 隆章(物理学賞)、 大村智(生理学・医学賞)、14年赤﨑勇、天野浩、中村修二(物理学賞)、12年山中伸弥(生理学・医学賞)。
この中で、実生活を変えたものがある。中村氏の青色LEDだ。なぜ青色が重要かというと、青色の光が光の3原色の1つだからっだ。光の場合、3原色が合わさると白色になる。つまり青色LEDができないと、普通に使われる白色灯ができないのだ。
青色LEDができたことにより、液晶テレビ、LED照明が当たり前になる。そうでないと世界のエネルギー危機は今以上で、電力をすごく使うAIなどはとんでもないとなる。
続いて、その可能性があるのは、山中氏のiPS細胞だろう。induced pluripotent stem cell=人工多能性幹細胞は、何にでも分化できる幹細胞だ。幹細胞は2つの能力を持つ。人間の体は分化した細胞にの集合体。分化というのは特殊化すると考えればわかりやすい。皮膚の細胞は決して、肝臓の細胞になることはない。だが、受精卵は違う。分裂し、人間の体形成に必要な細胞に分化する。また、細胞は1つでは体を作れない。このため幹細胞は、自分の自己複製能を持つ。
つまり、自分の細胞から、自分のダメになった臓器などを作ることができるわけだ。再生医療は、iPS細胞でなくてもできる。患者自身の幹細胞を使う。骨髄幹細胞、脂肪幹細胞などだ。脳血管の再生も可能だ。ただし、iPS細胞ほどいろいろな分化はできない。
また再生医療が、一般的な医療になるためには、リーズナブルな値で使える様にしなければなあらない。健康保険の対象外の今、ネットに掲載されている再生医療の見積もりを見ると、300万円以上がずらりと並ぶ。
次世代の主流医療になるのなら、国民としては保険適用できる様にして欲しいところだが、まだそうなってはいない。
保険適用に必要なこと
LED照明は、かなりのスピードで普及した。理由は圧倒的な経済性だ。電気代が安い上、長寿命。買うと、その良さは一発で分かる。再生医療も治療を受けると、圧倒的に支持されるだろう。例えば大火傷の痕を消すことができる。患者にとって人生が変わるほどのインパクトだ。
ではなぜ、再生医療は保険適用しないのか? 保険適用は、いろいろな要素を鑑み決められる。全国民全員に適応される。このため、高い治療に適用することはできない。再生医療は治療費が高いことが予想される。
- 診察
- 治療法決定
- 患者の細胞を採取
- 細胞培養
- 培養した細胞を送る
- 処置(含 処置)。
3、6は今までも同じことをすることはあったが、4、5は新規になる。通常、3、4、5は、製薬工場が引き受ける。薬の多くは、錠剤、カプセルであり、患者が持って歩ける手軽さだ。また工場で大量生産される薬は、安価だ。この流れ以外の治療、手術などは保険適用できないことも多い。
保険適用の条件は、定められていない。多くの患者を助けることが必要。また、安価で対応できることも重要となる。再生医療は、4、5のコストがわからない。特に、患者の細胞をどういう形で培養するのか、培養細胞をどう現場まで運ぶのかを明確にしないと、低コスト化はできない。
これに挑戦している会社がある。「ガウディ・クリニカル」。
順天堂大学は2019年「GAUDI(ガウディ)」というオープンイノベーションをスタートさせた。大学が有する大規模臨床プラットフォームを活用、開発導入ステージから実用化、事業化ステージまでをワンストップで伴走支援する会員制の社会実装支援プログラムだ。ガウディ・クリニカルはその実行会社だ。
見学会の時、担当者から、「保険適応を狙う」とのコメントがあった。目標の明確化は非常に重要であり、再生医療の今の状況を的確に語っている。
生産はオフィスビルで!?
映画「バイオハザード」で描かれるように、ウイルスを増殖させるには隔離された巨大な研究施設が必要だ。ウイルスは感染力があり、人体に害を及ぼすからだ。一方、再生医療で使われる細胞は、患者由来の健全な細胞。ウイルスのように人を害することはない。
今回、見学させてもらった培養設備は日本橋のとあるオフィスビルにあった。培養室のドアを開けると、そこには多数のクリーンブースとそのブース内に培養設備があった。
私は、オフィスビルで治療しているのを見たことがある。糖尿病の透析治療だ。透析はかなり頻繁に行わなければならない。透析後はスポーツなどはできないが、普通の生活はできる。駅から離れた病院ではなく、会社の行き帰りに、すぐ寄れるところの方がベターだ。その代わり、ベットはギチギチに詰め込まれており、お世辞にも快適さは感じられない。淡々と処置するという感じだ。
日常生活との強烈な違和感を感じたが、理屈ではあり。医療はリアルの塊の様なところがあり、こういうところがある。それと似た感じだ。スペースがあり、クリーンルームほどの快適さはない。が、駅近くにあれば、患者も細胞を取って貰いやすい。生活への帰還もさせやすい。
こうした使い方は、許可が必要だができないわけではない。再生医療の工場ともいうべき培養室を、東京 日本橋に持つことに、強い意志が感じられる。
