2024年12月19日(木)

【緊急特集】エボラ出血熱

2014年11月5日

 今回の検査が、感染研村山庁舎内の、このBSL-4ラボのすぐそばにあるBSL-3ラボで行われたのは、もし患者が本当にエボラだった場合、検体を廃棄するという選択肢がなかったからだろう。現在、エボラ出血熱に対して有効な治療薬はなく、対処療法を中心に患者の救命に努めるしかない。対処療法を有効に行うために必要なのは、患者の状態の適切な評価(注3)。そのためには、どうしても、BSL-4に場を移しての更なる検査が必要になる。

 患者の状態評価は、患者の血液中に含まれた「生きたウイルスの量」で判断するが、これは、死んだウイルスや、抗体で中和されて活動性のないウイルスまで検出してしまうPCR検査では分からない。生きたウイルス量を見るための、ウイルス増殖を伴う検査は、BSL-4で実施するしかないのだ。特に問題なのは、患者が「回復した」との確定診断を下す場合。患者が回復し、他人への感染力がないという確定診断は、患者の血液を培養してウイルスが増殖しないことを確認し、生きたウイルスが存在しないことを証明することでしかできない。BSL-4がなく必要な検査が出来ないとなれば「回復した」という確定診断に基づいて患者を退院させることができない。

 検体を破棄することでもうひとつ問題になるのは、「プライマー」と呼ばれる、エボラウイルスの遺伝情報に基づいて作ったPCR検査キットのアップデートができないこと。エボラは遺伝子変異を起こす可能性があるため、患者の血液からエボラウイルスが取れれば、必ず遺伝子情報を解析し、必要に応じてプライマーを書き換えていく必要がある。その都度きちんと検証して、プライマーを改良していかなければ、エボラウイルスを検出できなくなる可能性が出てくる。

国際的ネットワークから外される日本

 エボラのような人類の脅威となる病原体の場合、ウイルス検体の共有は、重要な国際的課題でもある。プライマーの有効性の評価に必要なのはもちろんのこと、治療薬やワクチンの開発などにも不可欠である。そして、このような国際的ネットワークへの参加には、BSL-4ラボを持つことが求められる。

 2011年の9・11米国同時多発テロ事件や炭疽菌事件を受け、先進各国は、世界的な健康危機管理とテロリズム対応について連携を取るために、保健相レベルの会合「Global Health Security Initiative(GHSI、世界健康安全保障イニシアティブ)」を発足させた。構成はG7+EU、メキシコで、ロシアや中国が含まれていないことは興味深い。GHSIには実務レベル(局長クラス)のGlobal Health Security Action Group(GHSAG、“ジーサグ”)と呼ばれる作業チームがあるが、BSL-4ラボを持たないメキシコを除いては、参加国の中で日本だけが、このウイルス共有ネットワークから外れている。

 いま日本にあるエボラのプライマーは、米疾病予防センター(CDC)の協力で開発され、2000年には、実際にエボラウイルスを検出できるかどうかを調べるテスト(精度検証)もパスした。また、2008年にはこのプライマーのGHSAGの外部評価がカナダで行われ、精度検証が再度実施されている。しかし、このプライマーで、2008年以降に流行したエボラウイルスが検出できるかどうかについては一度も検証されていない。今回流行しているエボラ出血熱ザイール株を含め、いま日本が保有しているプライマーで本当にエボラを検出できるのかは不透明なのだ。

 本来であれば、現行のプライマーが遺伝子変異していくウイルスに対応できているのか患者が出るたびに検証し、その情報を国際社会と共有していく必要がある。日本で使用されるエボラウイルスのプライマーを開発した、国立感染症研究所獣医科学部長の森川茂氏は、「分離されたエボラウイルス等を廃棄すれば国際社会の非難を浴び、笑い者になる」と警鐘を鳴らし、BSL-4稼働の重要性を改めて指摘した。

国立感染症研究所村山庁舎の外観(提供:国立感染症研究所)

 一方、一緒に取材を続けてきた報道関係者によれば、エボラ上陸の可能性が現実化したことにより、地元の反応も変わっている。武蔵村山市の担当者は「エボラが問題となって以降も、市内からBSL-4を稼働させないでほしいという要望が、市外からは稼働させてほしいという要望がそれぞれ数件ずつあったに過ぎない。そもそも、この件が市議会で議題に上がることもここ数年はなかった」と困惑気味。周辺住民もBSL-4の存在自体を知らない人や無関心な人が多かったという。


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