2024年12月23日(月)

赤坂英一の野球丸

2017年11月29日

 大相撲の日馬富士暴行問題で、その是非や真相はともかく、改めて感心させられたことがひとつある。日馬富士に殴られた貴ノ岩の親方・貴乃花の頑ななまでに他者を寄せつけない〝孤立主義〟、と言って聞こえが悪ければ徹底した〝ガチンコ主義〟だ。

(markeiermann/iStock)

 今回の事件では、貴乃花親方がふだんから貴ノ岩に対し、日馬富士や白鵬、鶴竜ら同じモンゴル人力士と付き合わないよう厳命していたことが明らかになった。国技館や巡業先での雑談はもちろん、モンゴル人同士の飲み会に顔を出すなどもってのほか、だというのだ。貴ノ岩だけでなく、自分の弟子全員に、他の部屋へ出稽古に行かないこと、他の部屋の力士たちと必要最低限の挨拶以上のコミュニケーションを取ることを厳に禁じている。

 このあまりに閉鎖的な指導方針には批判も多く、相撲協会から再三事情聴取に協力するよう求められても頑として拒否したあたりはいささか大人げなかったかもしれない。が、協会の執行部や白鵬が牛耳るモンゴル人力士たちとの間に一線を画そうとする姿勢自体は大いに結構。むしろ、談合、馴れ合い、密室政治がまかり通っている角界にあって、最もまともではないか、という気さえする。

 私は数年前、モンゴル人力士たちの宴会に取材で出席したことがある。白鵬や鶴竜らをはじめ、部屋の異なる力士たちが仲良く一緒に焼き肉を平らげ、カラオケボックスのVIPルームで延々と大騒ぎしていた。彼らの多くは当然、本場所後にモンゴルへ一時帰国するときも同じ飛行機に乗り、母国でもまた一緒に酒を飲む。昔はそこまで同行取材した。

 そんな同国人同士の交友自体は責められることではないにせよ、ふだんプライベートでそこまで親密な付き合いをしていて、本場所の取組でどこまで本気で戦えるのか。相手の顔面を鼻血が出るまではたき、土俵下へ突き落とすことができるのか。もっと公私の区別をつけるべきではないか、と疑問に感じたのも確かである。

 現にここ数年、モンゴル人力士同士の〝無気力相撲〟は、取材している報道陣の間でもしばしば話題になっていた。取組によっては明らかに力を抜いている力士がおり、土俵を割る際に笑みさえ漏らしている表情がカメラに捉えられることも珍しくない。一部週刊誌で報じられている「星の回しあい」や「互助会相撲」があるとは言わないが、貴乃花が貴ノ岩にモンゴル人力士との付き合いを禁じているのもむべなるかな、とは思わせられる。


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