他にも「中国政府は中国人民全員の道徳心に点数をつけて管理する社会信用システムを構築している」という誤解も根強いものがあります。全然現実と違うよ、という怒りから書いたのが、『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐氏との共著、NHK新書、2019年)でした。
北京市政府は18年に「20年まで全市民を評価する信用スコアを導入する」と発表したんですが、その後は中止したとも進展しているとも発表がないままフェイドアウト。山東省の田舎では町内の清掃をするとポイントがもらえて、貯めると洗剤や米と交換できる仕組みが……といった具合に、デジタル技術を駆使した悪夢のディストピアとはほど遠いのですが(少なくとも現時点では)、そうした内実がまったく伝えられない状況にいらだったことが執筆動機でした。
日本のアドバンテージ
安田:中国と仲良くお付き合いするにせよ、その脅威と対抗するにせよ、等身大の中国を知る必要がある。
そのためには中国史という文化的ツールが有効なのです。日本はそのツールが備わっている、希有な国です。歴史的なつながりも長く、漢字をはじめ文化的な共通項も多い。台湾ほどではないにせよ、漢字を日常的に利用しなくなった韓国と比べてもアドバンテージはあるでしょう。
台湾の軍人が人民解放軍の意図を正確に把握できるように、中国の政治や外交が何を目指しているのかを理解できれば適切な対応が可能です。つまり、中国が嫌いな人ほど中国史を学ぶべき動機があるのです。
それなのに、そのツールは教養や趣味の分野に押し込められて、実務に有効利用できていないのはもったいないですよね。突然、中国関係の担当になったビジネスパーソンだけではなくて、外交官やジャーナリスト、国際政治学者などのプロフェッショナルですら、中国史というツールを見逃している人が多いのが現状です。
これは明らかに日本の損失です。
高口:もうちょっと卑近なところで言うと、私たち二人がこの仕事を続けられているのも、中国の歴史や文化を大学院で学んだというバックボーンがあると感じています。取り扱う対象は現代の話なのですが、専門的バックボーンがあるから付加価値を出せているのではないか、と。
安田:そうした知識がなければ、中国ライターとしてはとっくに淘汰されている気がしますよね。最近、中国の経済がよろしくない、通り魔事件が多発しているといったニュースが多い。それを受けての論評もどっとでているわけです。
でも、この10年しか見ていない人からすると未曾有の危機と見えるわけですが、長い目で見ると中国社会は自由化と、揺り戻しとしての引き締めを振り子のように繰り返してきた。これは「放」と「集」とか、いろんな言い換えがありますが、紀元前から人民共和国史までずっとそういう部分がある。
習近平体制は「集」のフェイズだったのですが、その頂点だったゼロコロナ政策を境に、それがちょっとヘタってきたといういつものパターンなのでしょう。歴史の知識を持っていれば、今の状況が直線的に続いていくことはなさそうとの予測のもとに行動できる。あるいは過去との対比によって、底が抜けた状況が発生する条件を見極めることもできます。
日本が持つ中国史という強力な知的ツール、ぜひともこれを活用していただきたい。中国に関するニュースを目にした時、あるいは業務で中国にかかわる時、日本の資産である中国史の活用をぜひ考えてほしい。そう願っています。