お客様第一とは「何でも聞くこと」なのか
商いでは長く「お客様第一」という言葉が大切にされてきた。商品に問題があれば謝る。説明が足りなければ説明する。不満の声から改善点を見つける。苦情を真正面から受け止めたことで、商品やサービスが良くなった企業は数え切れない。
今回の制度も、正当な苦情まで拒絶しようとするものではない。カスタマーハラスメントとは、顧客等の言動のうち、要求の内容や手段・態様が社会通念上許容される範囲を超え、それによって働く人の就業環境が害されるものをいう。商品に不具合があったから交換を求める、サービス上の不備について説明を求める、適切な補償を求める。こうした正当な申し出は、それだけでカスハラにはならない。
大切なのは、要求があるかどうかではない。要求の内容と伝え方である。「お客様だから」とすべてを受け入れれば、現場にしわ寄せがいく。一方、耳の痛い苦情を何でも「カスハラ」と片づければ、企業は顧客から学ぶ機会を失う。真摯に聞くべき声と、毅然として止めるべき行為、その両方を見極めることがこれからの「お客様第一」には必要になる。
高島屋の「店是」が問いかけるもの
この問題を考える上で示唆に富むのが百貨店の高島屋である。1831年創業の同社には、商いの基本姿勢を示す「店是」が受け継がれている。
そこでは、確かな商品を適正な価格で販売すること、商品の良否を顧客に正直に伝えること、顧客を貧富などで差別せず平等に扱うことなどと並び、「自他の利益を図るべし」という精神が掲げられている。現在も高島屋は、この「店是」を創業以来の社員の基本的心構えと位置づけている。
ここが興味深い。顧客を大切にする。しかし同時に「自他」の利益を考える。もちろん、19世紀の言葉をそのまま現代のカスハラ問題に当てはめることはできない。だが現代の経営に引き寄せれば、どちらか一方の犠牲の上に商いを成り立たせないという示唆を読み取ることができる。高島屋が現在掲げる経営理念「いつも、人から。」も、人を起点に商いを考える姿勢を表している。
店是には、商品の良し悪しを顧客に隠さず伝えるという考え方もある。顧客に対する誠実さを商いの基本としてきた言葉である。だからこそ、カスハラ対策を顧客軽視と捉えるのは早計だろう。
誠実とは、相手の要求に無条件で従うことではない。できること、できないこと、受け入れられること、受け入れられないことを明確にし、その理由を正直に伝えることでもある。顧客への誠実さと、働く人の尊厳を守ることは、本来別々の価値ではない。
百貨店は、日本の商業の中でも「おもてなし」を大切にしてきた業態だ。丁寧な言葉遣い、きめ細かな接客、顧客の要望を先回りして応えるサービス。そこでは、お客様の声に耳を傾けることそのものが競争力でもある。
