2026年10月2日(金)

商いのレッスン

2026年10月2日

 その高島屋が24年6月、「高島屋グループカスタマーハラスメントに対する基本方針」を策定し、翌7月に公表した。注目したいのは、「顧客を大切にするか、従業員を守るか」という二者択一にしていないことだ。

 顧客の要望に応え、サービス向上を通じて信頼関係を築く姿勢を維持する一方、安心して働ける環境づくりも明確に掲げる。しかも対象は自社従業員だけではなく、売場で働く取引先従業員まで含む「高島屋グループで働くすべての人」である。

 百貨店の売場には、化粧品、衣料品、食品など多くの取引先スタッフが立つ。顧客から見れば同じ「高島屋の店員」に見えるが、会社が違えば雇用関係も違う。それでも同じ売場で顧客に向き合う人をまとめて守ろうとするところに、同社の考え方が表れている。

 方針を掲げただけでもない。公表後には顧客や取引先へのヒアリング、研修を実施し、25年1月には実態調査と分析を行った。

 被害を受けた従業員のメンタルケアには組織的対応が必要だと判断し、社内相談窓口に加えて外部専門家による相談窓口も整備。国内百貨店の管理監督者や売場担当者には、ロールプレイングを交えた初期対応研修も実施している。

 ここに重要な示唆がある。「毅然と対応してください」と現場に言うだけでは、人は守れない。どこまで説明を続けるのか。どの段階で上司に代わるのか。どんな言動なら対応を打ち切るのか。被害を受けた後、誰が支えるのか。会社が仕組みを用意して初めて、現場は安心して顧客と向き合える。

個人の我慢を「会社の判断」に変える

 カスハラ対応でもっとも避けなければならないのは、担当者一人に判断を任せることである。目の前で顧客が怒っている。「もう対応をやめたい」と感じても、自分で打ち切れば会社に迷惑をかけるのではないか。SNSに書かれたらどうしよう。そう考えれば、真面目な人ほど抱え込む。

 だから必要なのは、「あなたが判断してよい」ではなく、「ここから先は会社が判断する」という仕組みである。相談窓口をつくる、判断基準を共有する、上司が交代する、記録を残す、必要なら警察や弁護士と連携する、対応後には心身のケアを行う。カスハラ対策の本質は、現場を強くすることではない。現場を孤立させないことだ。

 同時に、これは「問題のある顧客を排除する仕組み」でもない。現場が一人の過剰な要求に長時間拘束されれば、その時間は、静かに商品を選ぶ顧客、説明を必要とする顧客、困っている顧客に使えない。働く人を守ることは、声を荒らげない多くの顧客を守ることでもある。


新着記事

»もっと見る