今回のテーマは「反ハーバード流交渉術を駆使するトランプ」です。1981年にハーバード大学法科大学院のロジャー・フィッシャー氏とウィリアム・ユーリー氏が出版した『ハーバード流交渉術 イエスと言わせる方法』(フィッシャー&ユーリー/金山宣夫・浅井和子訳 三笠書房)は世界的なベストセラーになりました。今日に至ってもその交渉術の柱となっている「原則立脚型交渉」は注目を集めています。
ところが、ドナルド・トランプ米大統領は、ハーバード流交渉術の原則に反したやり方で成果を上げようとしています。そこで本稿では、まず反ハーバード流交渉術を駆使するトランプ大統領の交渉術を分析し、そのうえで同大統領が何を最終目的に置いて交渉を行っているのかについて述べます。
原則立脚型交渉とは
フィッシャー氏とユーリー氏が主張した原則立脚型交渉には、「人と問題を分離せよ」「立場ではなく利害に焦点を合わせよ」「行動について決定する前に多くの可能性を出せ」「結果はあくまでも客観的基準によるべきことを強調せよ」の4つがあります。以下でそれぞれのポイントを説明しましょう。
第1は、「人と問題を分離せよ」です。一般に交渉者は相手を厳しく批難する傾向があります。相手を攻撃すると、彼らの中に敵意を芽生えさせてしまい合意が遠のきます。良い結果をもたらすためには、交渉相手に対して柔軟性を持ち、問題に対して強硬になる必要があります。
第2は、「立場ではなく利害に焦点を合わせよ」です。あるゼミ生が就職面接で「1個のオレンジを争っている兄弟に対して、あなたはどのような解決策をとりますか」と質問されたと語っていました。オレンジを半分にして分けるという解決策では面接を通過できません。兄弟の立場ではなく彼らの利害を探ると、兄がオレンジの中身、弟がマーマレードを作るために皮を欲していたと回答すれば、次の面接に進むことができます。
自分の立場に固執すると、合意は困難になります。双方の利害を創造的に調整して解決策を出す過程が「ウィンウィン」に導くのです。
第3は、「行動について決定する前に多くの可能性を出せ」です。ブレーンストーミングを行い、複数の選択肢を作ります。特に、フィッシャー氏とユーリー氏は交渉が合意に達しなかった場合の最善案を用意しておくことが極めて重要であると指摘しています。
第4は、「結果はあくまでも客観的基準によるべきことを強調せよ」です。効果的な交渉を行うには、主観と現実を混同せずに客観的事実を重視することが欠かせません。
では、トランプ大統領は上で述べた原則立脚型に基づいた交渉を行っているのでしょうか。
トランプの反「原則立脚型交渉」
米国とメキシコとの国境の壁建設並びに入国一時禁止を例にとってみましょう。トランプ大統領はメキシコが強姦犯及び麻薬密売人を米国に送っていると繰り返し主張し、同国からの不法移民を犯罪者として扱っています。
入国一時禁止に関して米国民の安全確保のためであると正当化していますが、イスラム教徒を標的にしていることは明確です。同大統領は、交渉相手及び相手国に対して強硬な態度をとって圧力をかけているのです(図表)。
さらに、環太平洋経済連携協定(TPP)を巡っては、トランプ大統領は自分の立場を強調し変えません。同大統領には選択肢は存在せず、答えは「離脱」のみです。客観的基準に関して言えば、北大西洋条約機構(NATO)加盟国に対して、防衛費を国内総生産(GDP)の2%まで引き上げるという目標を守るように呼びかけました。これは客観的基準かもしれませんが、在日米軍駐留経費の増額についての言及はそれに欠けています。交渉相手を脅し圧力をかける同大統領のハード型交渉は、明らかに原則立脚型に反しています。