私が初めて白鵬にインタビューしたのは、横綱昇進から2年しかたっていない2009年6月のある日だった。当時、まだ24歳だった白鵬の印象を一言で表すとすれば、「好青年」に尽きる。いつも明るく、周囲に気を遣い、インタビューではこちらの質問の意図を即座に読み取って、明確かつ具体的なコメントをしてくれた。
その中でもとくに印象に残っているのは、白鵬自身の考える「横綱相撲」とはどういうものか、である。日本人の相撲ファンは往年の大鵬や貴乃花のように、相手の相撲をがっちり受け止め、堂々と寄り切る相撲を「横綱相撲」と認識しているが、白鵬は丁寧に言葉を選びながらこう言った。
「まあ、やっぱり、寄り切りで、一番安全な相撲ですね。こう、押していけばそうなる。相撲には流れがありますから、流れるときは流れて、こっちから出るときは出る。それで勝つのが昔ながらの横綱相撲じゃないかと、ぼくの中では思うわけですよ」
「ただ、それ(横綱相撲)、最近の(ファンの)人たちにはわからないんじゃないかな。奥が深い相撲はね。見ていても、全然面白くないでしょう。やっぱり、(観戦に)来てるお客さんたちは、激しく豪快な相撲を見たいわけですから」
その「激しく豪快な相撲」の好例として、白鵬は意外にも、当時のライバルだった朝青龍の相撲を挙げた。「いま、(ファンやマスコミの)みなさんが好きなのはああいう相撲だよね。これまでになかったスタイルの相撲だから」と言うのである。
白鵬はいま、相撲が横綱らしくない、取り口が汚い、などと批判されている。が、白鵬は白鵬なりに、「昔ながらの横綱相撲」とは何かを理解していた。実際に、土俵でもそれをやって見せていた。にもかかわらず、客席が沸くのは常に天衣無縫に暴れ回る朝青龍のほうだったのだ。そんなジレンマに加えて、いつまでも〝優等生〟を演じることに我慢がならず、もっと好きなように相撲を取りたい、と思うようになったのではないか。
最近、よくタイミングをずらす、張り差しが多い、と批判されている立ち合いについても、白鵬は当時から自分なりの哲学を持っていた。そもそも「立ち合い自体が相撲にしかない独特のものだから」と、こう言うのだ。
「ああいう始め方をするのは相撲だけです。ボクシングならゴングが鳴るし、柔道は審判が〝始め!〟と言うし。陸上でも球技でも、選手は別の人に〝ヨーイドン!〟と言われて始めるでしょう」
「相撲は相手との間合いというか、お互いに呼吸を合わせて始まる。その立ち合いが成立したところで、行司が軍配を返してね。そういう意味で、相撲は力じゃない。相撲は流れなんですよ。流れがあって、その流れがちょっとでもズレたら負ける。いくら横綱でも」
相撲ならではの流れを読み、ときには流れに任せ、ときには流れを支配し、最後に勝つ。それが白鵬の考える「横綱相撲」だとすれば、現在のような立ち合いに変わったのも当然かもしれない。それが、貴乃花親方や日本人のファンの目にどう映ろうとも、だ。