米当局は22日、米アパレル大手アバクロンビー・アンド・フィッチの元最高経営責任者(CEO)とそのイギリス人パートナーらを、売春の斡旋(あっせん)と国際的な性的人身売買ビジネスを行っていたとして逮捕・起訴した。
BBCの調査報道チームは昨年、2人が世界各地でセックスイベントを開催し、複数の男性を搾取していた疑惑を報じた。リアナ・クロックスフォード調査編集委員が、3年にわたる取材を振り返る。
リアナ・クロックスフォード調査編集委員(米ニューヨーク)
米ニューヨークにある連邦裁判所の法廷で、私は初めてマイク・ジェフリーズ被告と対面した。私はBBCで報道するために、大富豪でファッション大手アバクロンビー・アンド・フィッチの最高経営責任者(CEO)だったジェフリーズ被告を、3年かけて調査した。被告は裁判官の前に座りながら、唇を結んであごを上げ、まっすぐに私を見つめた。
私の記事の結果、米連邦捜査局(FBI)は今月22日、ジェフリーズ被告(80)とイギリス人パートナーのマシュー・スミス被告(61)、そして仲介人のジェイムズ・ジェイコブソン被告を、売春の斡旋(あっせん)と国際的な性的人身売買ビジネスを行っていた罪で逮捕・起訴した。
私はポッドキャストシリーズ「The Abercrombie Guys(アバクロンビーの男たち)」で、セックスイベントに若い男性を送り込むため、青年を見つけては勧誘する複雑な世界的オペレーションがあり、その中心にいるのはジェフリーズ被告とスミス被告だと、そう裏付ける証拠を提示した。捜査当局は、これを聞いて動いた。
10代の若者向けブランド「アバクロンビー・アンド・フィッチ」のトップだったジェフリーズ被告は、私からすると奇抜で迷信深い天才に思えた。ハイライトの入った髪、ビーチサンダルや整形手術へのこだわりなど、自分が作り出した若々しいオール・アメリカンブランドを自ら体現しているかのようだった。
しかし今の被告は白髪で、整形手術であちこちに注入したフィラーは溶け、足首に行動監視装置を付けていた。立場の弱い男性モデルを次々と虐待するため、権力と強さを振りかざしたと言われている、大物実業家の面影はもはやなかった。
検察当局によると、ジェフリーズ被告らは少なくとも2008年から2015年にかけて、威力や詐欺、強要を通じて、「暴力的かつ搾取的な」性的行為を複数の男性に強いていた。有罪判決を受けた場合、3人は最高で終身刑を言い渡されるかもしれない。
法廷で弁護士が無罪を主張している間も、ジェフリーズ被告は肩を落とし、無表情のままだった。被告にとって終生のパートナーのスミス被告は、まだ出廷していない。逃亡の危険性があると当局が見ているスミス被告は、公判まで身柄を勾留されている。
注意:この記事には性行為の描写が含まれます
自分が2021年1月に取材を始めた当時のことを思い出すと、それがこの瞬間に繋がるとは想像もしていなかった。
あれは新型コロナウイルスのパンデミックの最中だった。ファッション業界について調べていた私は、元モデルのバレット・ポールという人物がインスタグラムに書いた意味深なコメントを偶然見つけた。
ポール氏は、男性モデルへの加害がいかに無視されているかを議論するグループに参加していた。「(性暴力の被害者に「私も」と連帯する)#MeTooがあった。じゃあ、#UsToo(自分たちも)はどうだろう?」と、ポール氏は書き込んでいた。
私たちはすぐに電話で話をした。1時間ほど話をしてからポール氏は、今まで誰にも話したことのない秘密を打ち明けてもいいかもしれないと、私を信頼できそうだと口にした。
「あんなに暗い経験はたぶん、ほかにしたことがない」と、ポール氏言った。
「僕の全身の毛を剃らせるため、あいつらは人を寄越した。そういう男の子が好みだからだ」
当時22歳だったポール氏は2011年、親しい友人だった先輩モデルの紹介で、謎の仲介人に会ったのだという。その人は鼻が欠けていて、それを蛇皮のパッチで隠していた。
この人物は後に、電話記録と不動産記録を取材した結果、ジェイコブソン被告だとわかった。同被告は、当時アバクロンビー・アンド・フィッチのCEO兼会長だったジェフリーズ被告とパートナーのスミス被告のもとへポール氏を送り込むにあたり、「トライアウト」だと称して、自分への性行為を強要したのだという。
ポール氏によると、ジェフリーズとスミス両被告は長年にわたり、米ニューヨーク・ハンプトンの豪邸で、大掛かりなセックスイベントを催していた。ポール氏が参加した時には、アバクロンビー・アンド・フィッチのポロシャツとビーチサンダルを身に着けた付き添い人が、酒と「ポッパー」(立ちくらみと意識障害を起こす可能性がある薬物)、そして潤滑剤を載せた銀のトレーをあちこちへ運んでいたという。
昔ながらの取材方法
ポール氏の話がきっかけとなり、私の取材が始まった。第一段階には2年かかった。アメリカ中を旅し、オハイオ州の郊外からパーム・スプリングスの砂漠まで、この件に影響を受けた男性たちを追いかけ、関係者たちと対峙(たいじ)した。その中には、仲介人のジェイコブソン被告も含まれていた。
調査報道の取材では通常、新聞の記事アーカイブや裁判記録、ソーシャルメディアを検索することで、いくつかの糸口が見つかるものだ。けれども今回の取材では、ポール氏の話に関連する内容のものは、公開情報の中からは一切見つけられなかった。
そこで私は昔ながらの取材方法を使うことにした。口コミを頼りにしたり、直接訪問したり、情報源になり得る人物に手書きの手紙を送ったりして、自分の足で情報を集めた。アバクロンビー・アンド・フィッチの元モデルやジェフリーズ被告の元家庭教師など、数百もの人物に接触し、何カ月もかけて信頼を獲得していった。
そうしているうちに、事態は一気に進展した。
私たちは、ポール氏が持っていた電源の入らない古いiPadを修理した。 それによって、ポール氏がハンプトンズで参加したイベントを裏付ける旅程表と航空券を入手した。 仲介人のジェイコブソン被告から送られたもので、複数の関係者のファーストネームと電話番号が記載されていた。
私はその後、同じような旅程表を複数の情報源から十数枚、入手した。これがついに、具体的な手がかりになった。しかし証拠集めの段階で不用意に、内容を知らせるべきでない相手に気づかれてはいけない。そのため、いったい誰が何をした人なのかを割り出すには何カ月もかかった。
多くの男性が警戒して口を閉ざした。私をジェフリーズ被告の「スパイ」だと攻撃する人も2人いた。同被告の「金と影響力」を恐れていたからだ。私も、正体不明のIPアドレスから毎日何百回もハッキングされそうになり、次第に疑心暗鬼になっていった。
用心したのは正解だった。今月22日に開示された起訴状によると、ジェフリーズ被告は機密保持契約(NDA)の監督と経歴調査、および自分たちの悪行を暴露すると脅してきた相手を監視し威圧するために、総合警備会社と契約していたのだという。
私は最終的に、ジェフリーズとスミス両被告のためにセックスイベントに参加した、あるいはその準備を手伝った20人以上の男性と話をした。たとえばモデル志望だったルーク氏は、アバクロンビー・アンド・フィッチの写真撮影に参加するという名目で勧誘されたが、だまされたのだと私に語った。セックスがからむとは知らされていなかったとも話した。
では被告たちによる大がかりな仕掛けは、なぜこれほど長い間、秘密のままでいられたのか。
一部の男性は、同性から受けた性加害について語ることに恥ずかしさを感じ、NDAを交わしたのと同じくらい沈黙してしまう――というのが、私のたどりついた答えだった。
自殺を考えたという人もいれば、完全に打ちのめされたという人もいた。多くの場合、男性たちが初めて被害を打ち明けた相手は、私だった。
アレックス氏は、マラケシュで開かれた豪華なイベントに十数人の男性が招待された際、何者かに薬を盛られ、レイプされたと私に打ち明けた。
アレックス氏は、それが自分のエイズ(HIVウイルス)感染の原因になったと考えている。「ジェフリーズが黒幕だ」、「彼がいなければ、こんなことは一切起きなかったはずだ」と、アレックス氏は私に語った。
記事の掲載に先立ち、私はBBCの調査報道番組「パノラマ」と協力し、集めた証拠について入念に事実確認を行った。この作業の一環として、ジェイコブソン被告を含む関係者と実際に話をする必要もあった。
2023年8月の蒸し暑い日だった。ポッドキャストのルース・エヴァンズ・プロデューサーと私はウィスコンシン州の農村部を訪れ、ジェイコブソン被告の家のドアを叩いた。出てきたジェイコブソン被告は玄関の階段に座り込み、両手で頭を抱え、悪態をついた。そして私に取引を申し出た。「私の名前を出さないなら、すべてを話す」と。
コーヒーでも飲みながら話そうと言うと、ジェイコブソン被告は同意した。そしてそのために翌日また会うと、自分の名前は出すなと何十回も繰り返した。私たちは2時間ほど話し込んだ。
この間には、奇妙なやりとりもあった。ジェイコブソン被告は私の速記術をほめた。私のイギリス式発音に言及した。私を「スイートハート」と呼ぶなど、私を手なずけようとしている風でもあった。被告は元俳優で、さまざまなアクセントを次々と披露してみせた。マントを被るふりもした。匿名ならインタビューに応じると、私を説得しようとした。
しかし、ジェイコブソン被告にもまたカリスマ性があった。自分の鼻の欠損を笑いの種にして、最近ではボンド映画の悪役くらいしか仕事がないと冗談を言った。最終的には、自分は「自分の仕事をしただけ」だと言い、ジェフリーズ被告やスミス被告とは2015年以来、話をしていないと述べた。
結局のところ、ジェイコブソン被告との取引に私たちは応じなかった。法廷で弁護士が無罪を主張した時、同被告はまたしても頭を抱えて座っていた。
2023年10月の記事発表後、この記事に登場した一部の男性が、レイプ、暴行、性的人身売買をめぐり、ジェフリーズ被告とスミス被告、そしてアバクロンビー・アンド・フィッチに民事訴訟を起こした。被告らは全員、不正行為を否定している。訴状は、ジェフリーズ被告の在職中に100人以上の男性が虐待された可能性が高いと主張している。
記事掲載を受け、複数の情報提供者から、捜査機関から接触があったと私に連絡があった。
私たちはFBIの捜査には関与していない。FBIの捜査は、私の取材からは完全に独立したものだった。情報源の保護は私の仕事に不可欠なことだ。そのため、当局に話をするかどうかは、男性たちが決めることだった。
振り返ってみると、諦めようかと思った瞬間もあった。当初は、何度も何度も行き詰まった。それでもいろいろな人の話を聞けば聞くほど、この事件を初めて明るみに出し、関係者を責任を問う義務が自分にあると、強く感じるようになった。
一番最初に話をしてから2年以上がたった時点で、私はポール氏に、なぜ私に話すことにしたのかと尋ねてみた。
彼は泣きだし、こう言った。「彼女を信じろと、自分の直感がそう言った。彼女に自分のことを話すように。そうすれば、もしかして、もしかすると、誰かが耳を傾けてくれるかもしれないと」
起訴を発表したブリアン・ピース連邦検事は、次のように述べた。
「いわゆる『キャスティング・カウチ』(芸能界などで決定権のある人物が、配役などのチャンスと引き換えに性的関係を強要すること)を利用して他人を搾取し、強要できると考えている人たちは、この事件を警告として受け止めるべきだ。自分はいずれそのソファでなく、連邦刑務所のベッドに寝るようになると、覚悟しておくように」
(英語記事 How my investigation led to sex trafficking charges against ex-Abercrombie boss )