アメリカの大統領選が11月5日に行われる。ただし、全国的に票を最も多く得た候補が、当選しない可能性もある。
これは、アメリカ大統領選の仕組みに理由がある。実は有権者は、大統領を直接選んでいるわけではない。有権者は「選挙人(elector)」と呼ばれる人たちを選んでいるのだ。全国で選ばれる選挙人の集まりを「選挙人団(electoral college)」と呼ぶ。
選挙人団とは?
アメリカの有権者が11月5日の大統領選で投票する際、そのほとんどは共和党候補のドナルド・トランプ前大統領か、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領のどちらかに票を入れる。
しかし、一般有権者の投票が直接、大統領を決めるわけではない。アメリカの大統領選は、全国的な票の集計で決まるのではなく、州ごとの結果の集計で決まる(ここで州と言う場合、コロンビア特別区=首都ワシントンも含まれる)。
ほとんどの州では、その州で過半数の票を得た候補が、その州に割り振られた選挙人全員の票を獲得する。
選挙人の全国的な総数は538人。選挙人は1人1票のため、選挙人団が持つ票の総数は538票。
このため、大統領候補はこの過半数を得る必要がある。つまり、選挙人270人の支持を獲得する必要がある。そうやって勝利した大統領候補と共に、同じ政党から出馬している副大統領候補が副大統領になる。
選挙人団の仕組みは
各州と首都ワシントンには、おおむね人口に応じて選挙人の人数が割り当てられている。
最も多い選挙人を持つのが、カリフォルニア州で54人。それに対して、人口の少ないワイオミング、アラスカ、ノースダコタ各州と首都ワシントンには、最も少ない3人の選挙人が割り振られている。
ほとんどの州では、一般有権者の票の過半数を得た候補が、その州に割り振られた選挙人全員の票を獲得する。
たとえば、テキサス州で一般有権者の票の50.1%を得た候補は、同州が持つ選挙人40人全員の票を得る。候補者がたとえ同州で圧勝したとしても、獲得する選挙人の票は40票で変わらない。
全国の票数で勝っても負けることがある?
そういう事態は実際にある。一般有権者が全国で入れた票の数で負けても、特定の州において僅差で勝ち、その結果、選挙人の総数で勝つことはあり得る。
2016年には、一般有権者の全国的な投票総数においては共和党のトランプ候補の得票数は、民主党のヒラリー・クリントン候補より300万票近く少なかった。それでも、獲得した選挙人はクリントン候補が232人、トランプ候補が306人だったため、トランプ大統領が誕生することになった。
2000年には、共和党のジョージ・W・ブッシュ候補が、一般有権者の全国的な得票数では54万票以上、民主党のアル・ゴア候補より少なかった。しかし、獲得した選挙人はブッシュ候補が271人、ゴア候補が266人だったため、ブッシュ氏が大統領になった。
この2人のほかに、一般有権者の票を最も多く獲得しないままアメリカ大統領になったのは3人だけで、19世紀でのことだった。
選挙人は自分の州で勝った候補に投票しなくてはならないのか
大統領候補を擁立している政党は、大統領選の投票日前に自党の選挙人を登録している。11月の選挙の結果を州選挙委員会と知事が認定し、勝った党の選挙人が12月半ば、選挙人団投票で投票する。
選挙人団投票は通常、各州の州都で行われる。
一部の州の選挙人はここで、理論上は、一般有権者の投票を無視して、どの候補に投票するか自分で選ぶことができる。
ただし実際には、選挙人は通常、自分の州で最多得票した自党の候補に投票する。
選挙人が、一般有権者による投票結果を無視して、自党候補以外に投票した場合は「不誠実な選挙人」と呼ばれる。
2016年の選挙では、7人の選挙人がこうした「不誠実な選挙人」になった(民主党の5人はクリントン候補以外に、共和党の2人はトランプ候補以外に、それぞれ投票した)。ただし、これで選挙結果が変化することはなかった。
一部の州では、「不誠実な選挙人」は罰金を科せられたり、起訴されたりする可能性がある。
同数タイになったら?
どの候補も選挙人票の過半数を得られなかった場合、連邦議会下院が投票し、大統領を選ぶ。
この事態になったのは1824年の1度だけだ。その時は候補4人が選挙人団の票を取り合う形になり、誰も過半数を得られなかった。
現在のアメリカ政界では民主党と共和党の二大政党が圧倒的な力をもつだけに、2人以上の大統領候補がここまで競り合う展開は、ほとんどあり得ない。
なぜ選挙人団制度が採用されたのか
合衆国憲法が1787年に起草された当時、国土の広さや、信頼できる通信技術がなかったことから、一般有権者による全国的な投票というのは実質的にほとんど不可能だった。
憲法の起草者たちはこのことから、「選挙人団」の制度を作り出した。
人口に占める奴隷の割合が特に高かった南部の州が、特にこの制度を強く支持した。
奴隷は投票できなかったものの、人口の一部としては数えられたため、南部の諸州は多くの選挙人を割り当てられ、国政への影響をふくらますことができた。
選挙人団制度の長所と短所は
【長所】
・候補者は人口の少ない州も重視することになる
・候補者は全国を遊説して回る必要がなく、重要な州に集中できる
・何か問題が生じて再集計が必要になった場合、選挙当局は問題を限定しやすい。全国的な再集計ではなく、ひとつの州だけでの作業で済む
【短所】
・全国的に最多の票を得た候補が負けることがある
・自分の一票は無意味だと感じる有権者もいる
・選挙ごとにどの党の候補を支持するかが変わる、いわゆる「swing state(揺れる州)」が過大な影響力をもつ
「揺れる州」とは
ほとんどの州は歴史的に、大多数の有権者がどの党を支持するかあらかじめ決まっている。そのため候補たちはそれ以外の、両党の間で「swing state(揺れる州)」、いわゆる接戦州や激戦州と呼ばれる一握りの州に選挙活動を集中させる。
今年は、ペンシルヴェニア(選挙人19人)、ノースカロライナ(同16人)、ジョージア(同16人)、ミシガン(同15人)、アリゾナ(同11人)、ウィスコンシン(同10人)、ネヴァダ(同6人)の7州が、どちらの候補を支持するか不透明な激戦州とされている。
「偽の選挙人」とは
2020年大統領選では、「偽の選挙人」という概念が注目された。トランプ候補を支持する共和党関係者が七つの州で、選挙結果を覆そうと、独自の「選挙人」を作り出した。
この取り組みの当事者たちは公文書に似せた選挙人名簿を作るなどして、11月の大統領選で正式に選ばれたわけではない、「偽の選挙人」を、12月14日の選挙人団投票に送り込もうとした。
関与した者の一部はその後、公文書偽造などの罪で起訴された。捜査は今も続いている。
(英語記事 What is the US electoral college, and how does it work?)