あいぬ物語
『熱源』川越宗一、文春文庫、902円(税込)
2019年の直木賞作品。読み終わって驚いた。登場する人物の多くが実在していたのだ。明治初期、ヤヨマネクフという樺太生まれのアイヌと、ブロニスワフ・ピウスツキというリトアニア生まれのポーランド人の人生をたどることから物語は始まる。共に日本とロシアという帝国に、言葉を奪われ、その存在も消されそうになる。なぜ、ポーランド人が樺太に行くことになるのか、それ自体が歴史の大きなダイナミズムだ。そして、一人は南極へ、もう一人は妻子を残して母国の独立運動に参加する。ヤヨマネクフの物語は金田一京助の『あいぬ物語』が基になっていることも初めて知った。
戦後、台湾人がいた場所
『台湾人の歌舞伎町 ─新宿、もうひとつの戦後史』稲葉佳子、青池憲司、ちくま文庫、968円(税込)
日本の台湾統治とともに日本内地に渡った台湾人。戦後、帰る場所を失った彼らは、未開発な地域であった歌舞伎町で商売を始めた。〝光は新宿より〟のスローガンから戦後ヤミ市の一歩が踏み出され、新宿西口で喫茶店「ルンバ」を作った黄進生の話を中心に歴史は語られる。台湾人が歌舞伎町に戦後初の名曲喫茶「らんぶる」を始め、キャバレーなどの娯楽施設も手掛けていたという事実は、歌舞伎町の新しい側面を知ると同時に、街を見る目が変わるきっかけとなるだろう。
ある政治家を取り巻くミステリー
『笑うマトリョーシカ』早見和真、文春文庫、968円(税込)
人は少なからず仮面を被って生きている。簡単に腹の内を見せられない政治家は、どのくらいの仮面を持つのだろう。そして仮面の中身が、誰かに操られていたとしたら─。主人公は、政界エースの清家一郎。彼をサポートするのが、秘書の鈴木、母・浩子、恋人・美和子だ。あるきっかけから清家へ違和感を抱いた新聞記者の道上は、彼を裏で操る人物を探るべく取材を進める。優越感や独占欲、登場人物たちの様々な思いが絡み合う中、最後に「笑う」のは誰なのか。