2024年10月12日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2024年10月12日

『しっぽ学』(光文社新書) 東島沙弥佳 1986年、大阪府生まれ。奈良女子大学文学部国際社会文化学科卒業。京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。博士(理学)。京都大学大学院理学研究科生物科学専攻研究員、大阪市立大学大学院医学研究科助教を経て、現在は京都大学白眉センター特定助教。専門はしっぽ。ヒトがしっぽをどのように失くしたのか、人はしっぽに何を見てきたのかなど、文理や分野の壁を越えてしっぽからひとを知るための研究・しっぽ学をすすめている。本書が初の単著。

 脊椎動物には、魚類から哺乳類にいたるまで「しっぽ」がある。「しっぽ」とは、体幹が肛門より後方に延長したもので、体の外に突出している。ところが、霊長類の中でヒト上科(テナガザル、ゴリラ、チンパンジー、オランウータン、ボノボ、ヒト)には、「しっぽ」がない。

 なぜか? ヒトはどうして「しっぽ」を失ったのか? 「しっぽ学」を唱える著者の東島沙弥佳さんは、『しっぽ学』(光文社新書)で、この新たな研究分野を試行錯誤しながら切り拓いてきた自らの歩みを開陳する。

「“しっぽ”は人間の成り立ちを解明する重要な鍵になる?」

「はい。生物としての“ヒト”、人間性を持つ“人”。両方合わせた“ひと”を知るため、欠かせない研究領域だと思います」

 きっかけは、大学院生の1年目に訪れたアフリカ・ケニアの発掘現場。化石を掘っていたある日、突然「そうだ、しっぽをやろう」と閃いたのだという。

研究領域が降ってくる

「研究領域が決まらず迷っていたんですよね。それが突然、降ってきた(笑)」

 ヒト上科におけるしっぽ喪失の理由はわかっていない。二足歩行や枝からのぶら下がり運動への適応説が考えられてきたが、近年はいずれの説も否定されている。

 化石記録から、約3300万年前のエジプトピテクスに「しっぽ」はあるが、約1800万年前のエケンボや約1550万年前のナチョラピテクスは「しっぽ」がないことがわかっている。そして中間の、3300万年~1800万年の化石が現在まで見つかっていないのだ。

「中間の化石はアフリカにあるんでしょうか?」

「あるとすればアフリカでしょうね」

「どこかのチームが現在模索中?」

「いいえ。ですから私の生きている間には見つからないかもしれない(笑)」

 そこで東島さんは、体幹の根元の仙骨の形と「しっぽ」の長さとの関わりを探ろうとした。形態学的研究である。京大犬山キャンパスの交雑ザルの骨格標本を精査して、苦心の末にいくつかの尾長推定式を導き出した。

「海外の博物館など巡って各種の標本も計測したそうですが、考案した推定式は有効でしたか?」

「短い“しっぽ”についてはかなりの正確さで推定できることがわかりました」

 この研究がしっぽ研究の第一歩だったという。

誕生前に消えるヒトの「しっぽ」

 しかし中間期の化石はなお未発見。そこで再び「閃いた」。ヒトの妊娠期には一度「しっぽ」ができるが、誕生前に消失する。そこで「しっぽ」の喪失をヒトの発生過程から考えてみようと、発生生物学研究室の研究員となったのだ。

「妊娠7週目の胚子期まではヒトにも“しっぽ”が生えているのに、途中で止まるんですね?」

「途中で止まるというよりは、一旦つくられたしっぽが突然短くなります。わずか2日ほどで、およそ5対分の体節が消えますが、この現象を私は尾部退縮と名付けました。胚子期の終わりにはしっぽは完全になくなります」


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