ジョー・インウッド、ラシュディ・アブアルーフ (エルサレム)
イスラエルとパレスチナ・ガザ地区のイスラム組織ハマスとの交渉について、カタール政府は仲介役を一時的に中断した。当局が10日、発表した。
イスラエルとハマスの間の停戦と人質解放を目指す交渉をめぐり、カタールは、当事者双方が「交渉の意思を示す」ならば、その時に仲介役を再開するとしている。
カタールの発表に先立つ報道では、終戦への新提案をハマスが拒否したとして、ハマス代表団がカタールに滞在し続けることをアメリカはもはや容認しないと、アメリカ当局者が述べたと言われている。
カタールが調停交渉から撤退し、首都ドーハにハマスの政治部門があることが「もはや目的を果たしていない」と同政府当局が述べた――という当初報道については、カタールは「不正確」だとしている。
カタール外務省は声明で、「カタールは当事者たちに10日前、最新ラウンドで合意に達しない場合は、ハマスとイスラエルの仲介努力を中断すると通告した」と述べた。
「残酷な戦争を真剣に終わらせるつもりがあるのだと、その姿勢を当事者が示した時点で(中略)カタールは仲介を再開する」とも表明した。
ハマスは2012年から、カタールの首都に拠点を置いている。これは、バラク・オバマ米政権の要請によるものと報じられている。
複数の通信社は9日、ハマスが「誠実な交渉を拒否した」ことを理由に、同組織にドーハ事務所を閉鎖するよう伝えることで、アメリカとカタールが同意したと報じた。
しかし、カタールの外務省はこれを「不正確な報道」と指摘。ハマスの当局者もこの主張を否定している。
カタールは、湾岸地域におけるアメリカの重要な同盟国のひとつ。アメリカ軍の大規模な空軍基地があり、イラン、アフガニスタン武装組織タリバン、ロシアなどを相手にした難しい交渉に数多くかかわってきた。
イスラエルとハマスの交渉においても、カタールはアメリカやエジプトと共に重要な役割を果たしてきたが、これまでのところ交渉は失敗に終わっている。
しかし、こうした関係が変化しつつある様子が、最近見て取れるようになってきた。
今年10月にハマスの最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏がイスラエルに殺された際、ハマスはドーハにある小さなホールに2時間だけ、追悼用のテントを設けた。これは、最高幹部イスマイル・ハニヤ政治局長を追悼するため8月に行われた、3日間の式典とは対照的な規模だった。イラン・テヘランで7月にイスラエルに殺害されたハニヤ局長の追悼式典は、カタール政府の公式な監督と警備の下で行われた。
10月中旬の直近の交渉は、ハマスが短期停戦案を拒否したため、合意には至らなかった。ハマスは常に、戦争の完全終結とガザからのイスラエル軍の完全撤退を要求してきた。
カタール外務省の声明は、「ハマスのドーハ事務所に関する報道は不正確だ」として、「カタール事務所の主な目的は、コミュニケーションのチャンネルとなることであり(中略)これまでの停戦実現に貢献してきた」と強調した。
イスラエルもまた、合意案を拒否したと非難されている。今週初めに解任されたヨアヴ・ガラント前国防相は、解任から数日後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が安全保障担当者の助言を無視して和平合意を拒否したのだと非難した。
アメリカがハマスのカタール追放を求めているのは、バイデン政権が退任前に何らかの和平合意を強引にでも実現しようとしていることの表れだという観測もある。
ハマスがドーハを去らざるを得なくなった場合、ハマスがどこに政治事務所を置くかは不明だ。ハマスを支えるイランが選択肢の一つだろうが、7月にテヘランでハニヤ氏が暗殺されたことを踏まえると、イラン国内はイスラエルから攻撃されるリスクがある。加えて、イランにいては、欧米諸国との外交ルートを確保できる可能性も低い。
それよりも可能性が高いのはトルコだろう。トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国で、かつイスラム教スンニ派が多数派を占める国だ。それだけに、ハマスが比較的安全に活動できる拠点になり得る。トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は昨年4月、イスタンブールにハニヤ氏を含む代表団を招き、「ガザ地区への人道支援物資の適切なかつ途切れることのない供給を確保し、この地域における公正かつ永続的な和平プロセスを実現するために何をすべきか」について話し合っている。
加えて、トルコ政府は東と西の仲介者としての立場を模索してきただけに、ハマスを歓迎するものとみられる。
オサマ・ハムダン氏やタヘル・アルヌヌ氏など、ニュースによく登場するハマス幹部はこのところ、イスタンブールに1カ月以上滞在している。彼らのこの長期滞在は、過去の短いトルコ訪問とは様子が異なる。
7月のハニヤ氏、10月のシンワル氏と、4カ月足らずの間に指導者が2人殺れているだけに、現在のハマスにとっては指導部の安全が最大の懸案だろう。
欧州外交評議会は、「ハマスは今後のイスラエルによる暗殺の影響を軽減するために、一時的な集団指導体制を採用した」と説明する。
英王立防衛安全保障研究所(RUSI)の研究者、H・A・ヘリヤ博士はBBCに、「中東最大の米軍基地があるドーハと同じくらい、(ハマス幹部を)イスラエルの暗殺から守れる場所はない」と話した。
カタールによる今回の仲介中断は、アメリカがイスラエルへの不満を募らせている中で決まった。10月にはアントニー・ブリンケン米国務長官とロイド・オースティン米国防長官が共に、もしイスラエルがガザ地区への人道援助を11月12日までに拡大しなければ、対イスラエル政策に「影響」が生じることになると発言した。
今月に入り、複数の国連関係者がガザ北部の状況を「黙示録のよう」だと表現した。9日には国連が支援する「総合的食料安全保障レベル分類(IPC)」の飢饉(ききん)評価委員会が、「複数の場所で飢饉が迫っている可能性が強い」とコメントした。
バイデン大統領とネタニヤフ首相の関係は、ガザ戦争が続くとともに悪化してきた。アメリカ政府はイスラエルに対して、パレスチナ人の人道状況を改善し、交渉を通じて解決を見出すよう圧力を高めてきた。
しかし、前出のヘリヤ博士は、アメリカの交渉姿勢に致命的な欠陥があると話す。
「越えてはならない一線を引いておきながら、ネタニヤフはわけもなくその一線を何度も越えてきたし、それで不利益をこうむることもなかった。バイデン政権はそれを許すことで実質的に、ネタニヤフがますます好きなように動くのを認めてきた。今後10週間でこれが変わるとは思えない」
バイデン政権がどれほど態度の軟化をはたらきかけて、ネタニヤフ氏の右派連立政権はそれを拒否してきた。来年初めにはドナルド・トランプ政権が発足すると分かった今、イスラエル政府はますます強気になることだろう。
トランプ次期大統領が具体的にどういう姿勢で中東に臨むのかは、まだ不確かだが、バイデン氏よりはイスラエルに好きにさせるはずだとみられている。
次期大統領はかつて、イスラエルはガザで「始めたことを終わらせるべきだ」と発言している。第一次政権では、アメリカ大使館のエルサレム移転をはじめ、イスラエルにとって非常に好ましい施策をいくつか打ち出した。
ただし、一部報道によると、トランプ氏はネタニヤフ氏に、自分が就任するまでに戦闘を終わらせてもらいたいと伝えているのだという。
どちらにしても、イスラエル政府に対するバイデン政権の影響力はおそらく、今後ますます低下していくのだろう。
それだけに、何かしらの合意を強引にでも成立させるには、ハマスに圧力をかけるのが得策だと、バイデン政権は考えている可能性がある。それが成果につながるかどうかは、長年信頼してきた同盟相手のカタールが協力するか次第なのかもしれない。
(英語記事 Qatar suspends role as mediator between Israel and Hamas)