ホリー・ホンドリッチ、BBCニュース(ワシントン)
不確実なことが多かった米大統領選でも、確実ではないかと思われていたことが、ひとつあった。アメリカ中の女性が、民主党候補カマラ・ハリス副大統領に投票するだろうと。
数カ月にわたりひっきりなしに発表された世論調査は、ハリス氏がドナルド・トランプ次期大統領とほぼ接戦状態にあると示していた。そして同時に多くの調査は、どの候補を支持するか、男女の間に大きな隔たりがあると示していた。
ハリス陣営は、そこに賭けていた。女性票が予想以上に伸びれば、他の人口グループで減らした分を補ってくれると期待していた。
しかし、そうはならなかった。
全国的に見ると、確かに過半数の女性がハリス氏に投票した。しかし、女性の圧倒多数が歴史的な数でハリス候補に投票するだろうというのが、陣営の戦略で、それは実現しなかった。むしろ、早い時点での出口調査が正しければ、実際には女性全般でハリス候補は約10ポイント優勢だっただけで、2020年のジョー・バイデン氏よりも4ポイント低かった。
民主党はラティーノ(中南米系)女性の間で10ポイント減らし、大学を卒業していない女性の間では全く票を動かすことができなかった。初期のデータによると、大卒でない女性は今回もまた、63対35でトランプ氏に投票した。
努力が足りなかったから、至らなかったのではない。
15週間にわたり選挙運動を続けるなかでハリス氏は、たくさんのメッセージを直接、女性に向けて発信し続けた。なかでも、中絶に重点を置いたのは明確に女性向けだった。
ハリス氏は選挙活動中、生殖に関する権利を自分の主張の中心に据えた。有権者に繰り返し、かつて中絶の権利を全国的に保障した「ロー対ウェイド」判決が連邦最高裁で覆されたことについて、トランプ氏が自分の手柄だと自慢していたことを、有権者に繰り返し思い出させた。
首都ワシントンで行った最後の演説でハリス氏は、「ドナルド・トランプと彼が自ら選んだ最高裁判事が、アメリカの女性から奪ったものを回復するために戦う」と強調した。
ハリス陣営の強力な広告には、州政府の中絶禁止法によって犠牲となった女性たちが次々と登場した。ハリス氏はこれを「トランプ中絶禁止法」と呼んだ。広告に登場した女性の中には、流産治療を拒否されたと話す人たちもいた。
2022年中間選挙で民主党は、中絶権を求める有権者の熱意を原動力に、予想外に勝利した。ハリス陣営の今回の戦略も、同じような熱意を活用しようとしたように見えた。
中絶の権利を支持するアメリカ人は、いまだに大勢いる。ギャラップ社による5月の世論調査では、中絶を禁止すべきだと考えるアメリカ人は10人に1人だけだった。
今回の選挙結果もそれを裏付けていえる。中絶関連の発議が住民投票にかけられた10州のうち7州で、中絶の権利を支持する結果に至った。
だが、これはハリス氏への支持につながらなかった。
世論調査員で選挙コンサルタントのエヴァン・ロス・スミス氏は、中絶は確かに女性にとって重要な問題だが、それでは不十分だったのだと話す。
「中絶を一番重視している有権者、特に中絶を重視する女性有権者は、言われなくても民主党に投票する」とスミス氏は言う。しかし民主党は、まだ中絶を差し迫った問題として捉えていない女性たちに、その重要性を納得させることができなかった。
「中絶に関する議論は、大学教育を受けていない女性たちにはまったく浸透せず、その考えをまったく変えられなかった。そして、ラティーノの支持を失った」と、スミス氏は説明した。
多くの人にとって、決め手となった問題は経済だった。
選挙前の調査や出口調査の暫定データは、有権者が一番心配していることは、インフレと商品の購入しやすさ、つまり物価だという結果を示し続けた。そして、インフレと購買力を何より心配する有権者の間で、トランプ氏は圧倒的な人気を得ていた。
コロラド州グランドジャンクション在住の無党派層、ジェニファー・ヴァーヴァーさん(51)は、自分はこの4年間、経済的なストレスを受け続けていたと話す。そのため、ハリス氏に投票するなど、考えもしなかったと。
「私や家族にとって、経済的にこれほど苦しかったことは今までない。本当につらい。3人の息子に食べさせないといけないのに」
トランプ政権の間は今よりましだったと、ヴァーヴァーさんは話した。だから、彼に投票したのだと。
しかし、一部が予想したほど性別が有権者を大きく分けなかったとしても、ハリス氏の敗北にはジェンダーが影響していると指摘するアナリストもいる。
トランプ氏が大勝した理由についてはさまざまな説明がされているものの、特筆すべき理由がひとつあるという意見もある。
「アメリカはいまだに性差別の国で、この国が女性大統領を受け入れるにはまだ早いと思う」。2008年大統領選でヒラリー・クリントン上院議員(当時)の選挙対策担当だったパティ・ソリス・ドイル氏は政治サイト「ポリティコ」にこう話した。
クリントン氏は自分が女性であって、自分が当選すれば歴史を作るのだと、選挙で明確に打ち出した。対照的にハリス氏は、同じアプローチを明らかにためらっていた。
クリントン氏が2度目の大統領選に出馬した2016年よりも、今のアメリカの方が女性大統領を受け入れる準備ができていると、そう広く考えられている。しかし、本当にそうなのかは、まだ答えが出ていない。
10月に行われたロイター/イプソスの世論調査では、回答者の15%が大統領選で女性に投票することはできないと回答した。
今回の選挙で男らしさをことさらに強調したトランプ氏が、この傾向に拍車をかけた可能性がある。
「危険な世界にいるタフな男、それこそが大統領なのだと、トランプ氏は打ち出した。それこそが、大統領の業務内容なのだと」。前出のスミス氏はこう話す。
「危険な世界でタフな男がやるべき仕事を、女性がしっかり担うのは、実に難しいことだと、こんなに難しいことはないと、多くのアメリカ人はそう考えたのだ」
(英語記事 Democrats had bet on women showing up in force. They didn’t)