2025年1月8日(水)

BBC News

2025年1月7日

イギリスのキア・スターマー首相は6日午前、英南部サリーの医療施設で医療従事者たちに囲まれて記者会見し、国民医療保険制度「国民保健サービス(NHS)」の改革計画について語った。さらに、アメリカの大富豪イーロン・マスク氏がこのところ、イギリスで過去に起きた集団的な児童性的搾取事件について首相や閣僚を攻撃し続けていることについて、初めて記者団の質問に答え、「うそや偽情報をできるだけとことん広く拡散しようとする者たち」を非難した。首相はマスク氏を直接批判せず、「便乗する」保守党幹部らを名指しせずに非難した。

首相は、政府の今年の目標はイギリス再建で、そのための礎石が長年の保守党政権によって「壊された」NHSの立て直しだと強調。イングランドで大勢が診療を長期にわたり待たされている状況を改善するため、人工知能など最新技術の導入や、地域診察センターのネットワーク整備などを通じて病院の負担を軽減するほか、NHS適用外の私立医療機関との連携を進めると説明した。これによって、診察予約の枠を45万枠は増やして、待機時間を大幅に減らすと話した。

続けて記者団は、マスク氏が年初から、イギリスで過去に起きた集団的な児童性的搾取事件についてスターマー政権関係者を、ソーシャルメディア「X」で攻撃し続けていることについて首相に質問した。

首相は、「この手口はもう何度も見てきた。マスコミがそれを大きく書き立てるのを期待して、恫喝(どうかつ)して回り、暴力をふるうと脅す」と述べ、この事態について6日に記者団に聞かれたスターマー首相は、「うそや偽情報をできるだけとことん広く拡散しようとする者たち」や「トミー・ロビンソンを応援する者たち」は、「被害者のことなどどうでもよく、自分のことしか考えていない」、「目立ちたいだけ」なのだと強い調子で非難した。

首相は、うそをもとにした議論など自分は受け入れないとして、「しっかりした旺盛な議論は必要だ。その議論において、真実は重要だという碇(いかり)を失ってしまっては、私たちは非常にすべりやすい坂道に立たされてしまう」とも述べた。

マスク氏は最近、極右活動家「トミー・ロビンソン」ことスティーブン・ヤクスリー=レノン受刑者を釈放せよとしきりに繰り返している。ロビンソン受刑者は昨年10月の裁判で、2021年の名誉毀損訴訟で敗訴後にシリア難民に関する偽の主張を禁じる裁判所命令に違反したことを認めた。

労働党政権は昨年10月、2000年代にイングランド北西部グレーター・マンチェスターのオールダムにおける性的虐待事件に関する調査を改めて実施し、政府が主導すべきというオールダム行政区からの要請を断った。調査は地方自治体が主導すべきだと、政府は述べている。地元自治体はすでに2022年に調査報告書を発表している。

スターマー政権のこの決定を、英保守系メディアGBニュースが1月1日に報道したのを機に、最大野党・保守党のケミ・ベイドノック党首が翌日、「レイプ・ギャング・スキャンダル」に関する全国的な実態の徹底公開調査を要求。マスク氏は3日、2008年から2013年にかけてイングランドとウェールズの検察トップだった当時のスターマー氏が「レイプ・ギャング」を適切に起訴しなかったと主張し、「イギリスのレイプに加担した」などと攻撃した。

マスク氏はさらに、労働党政権で女性・少女に対する暴力問題を担当するジェス・フィリップス政務次官について「刑務所に入るべきだ」と書き、同氏を「レイプ・ジェノサイドの擁護者」と呼んだ。

記者団は、フィリップス政務次官に対するマスク氏の攻撃について首相に質問。これに対してスターマー氏は、マスク氏に同調する者たちが「夢想するようなことの1000倍も、性的虐待の被害者のために(フィリップス氏は)尽力してきた」と擁護した。

さらに、自分が検察官だったころからたびたび、集団的な児童の性的搾取事件について調査が繰り返され、多数の勧告が出されてきたにもかかわらず、当時の保守党政権は「14年もの長きにわたって」勧告を実行しなかったと批判した。

首相は加えて、以前ならイギリスの閣僚が今回のフィリップス氏のように攻撃され、その身に危険が及ぶ事態となった場合は、与野党の議員は声をそろえて反論し中傷する者を非難したはずだが、今回はそうなっていない、むしろ攻撃に便乗する右派関係者もいると批判した。

スターマー首相は、フィリップス氏をはじめ複数の議員が身の安全を脅される事態に至ったオンラインのやりとりは、「一線を越えた」と指摘。保守党議員が注目を集めようと「騒ぎに便乗」し、自分たちが「14年もの間、政権与党として」児童性的虐待について有効な対策を取らなかったにもかかわらず、今になって「極右の言い分を増強して広めている」のだと批判した。

「ほんの数カ月前まで、ジェス・フィリップスに対して言われているようなことが言われて、全ての党と最大野党の党首が結束して立ち上がり、反論して非難しないなど、考えられなかったと思う」、「彼女について言われたことを、保守党党首として立ち上がり非難しないのなら、なぜ自分が政治の世界にいるのか真剣に考えたほうがいいと私は思う」と、スターマー首相は強調した。

首相は、マスク氏を個別に批判することはせず、「これはイギリス国内の問題だ」とも述べた。

首相は、自分はかつて検察トップとして「おぞましい」児童性的搾取に真っ向から取り組み、摘発しやすくなるよう検察の仕組み改革に取り組んだのだと述べた。さらに、自分の検察官としての職務内容はすべて公的記録として閲覧可能になっているので、誰でも確認可能だと話した。

スターマー首相は公訴局長だった当時、児童虐待と性的搾取を担当する特別検察官を設置。公訴局の指針を変更し、複雑な性的加害事件を積極的に捜査するよう警察に促した。また、公判が被害者にもたらす負担を軽減するための対策を導入した。

首相は、自分は検察官として複数の性的虐待事件の再捜査を指示したほか、2000年代に事件が続き2012年に有罪判決に至ったグレーターマンチェスター・ロッチデイルでの集団的児童性搾取では、「アジア系のグルーミング・ギャング」を初めて起訴に持ち込んだのだと説明。検察トップとして自分は、子供への性的加害の通報を義務化するよう求めたのだとも話した。「グルーミング」とはこの場合、「性的目的で相手を手なずける、懐柔行為」を意味する。

「私が退任した時、私たちは児童の性的虐待事件について、過去最高の数の起訴を実現していた」と首相は述べ、「被害者たちはひどい加害を受けていたが、それまで誰にも言うことを聞いてもらえなかった」のだと話した。

スターマー首相に批判された保守党のベイドノック党首は、全国調査を要求したことを攻撃材料にされるとは「20年前の中傷の手口だ」と反論。「これほどの大スキャンダルが起きたからには、じっくり自問自答すべきであって、それを重視する私たちを『極右』呼ばわりするべきではない」と党首は述べた。

マスク氏は同日朝、新たに「X」で次々とスターマー政権を攻撃し、「アメリカはイギリスの人たちを、独裁政権から解放すべき。はい いいえ」という「アンケート」を投稿。これについて意見を聞かれたスターマー首相は、「それについてコメントするつもりはない」とだけ述べた。

スターマー首相の会見後、マスク氏は引き続き「X」で首相や労働党関係者を名指しで攻撃し続け、首相を「まったくおぞましい」と書いた。

また、「グルーミング・ギャング」に対する全国的調査の要求を「極右行動主義」と首相が呼んだことについて、「まったくばかげた言い分だ」と反応した。

マスク氏がスターマー首相を失脚させようとしていることは、労働党政権にとって外交上の頭痛の種になり得る。世界一の金持ちというほかに、マスク氏はドナルド・トランプ次期米大統領に近い主要側近のひとりでもある。

2024年米大統領選でトランプ氏を精力的に支持したマスク氏はこのところ、イギリスや欧州の政治に目線を移し、主に新興の右翼勢力の運動を支持している。

イギリスについては野党「リフォームUK」を支持しているが、最近ではナイジェル・ファラージ党首について批判に転じた。ドイツについては、来月の総選挙を前に「ドイツのための選択肢(AfD)」を積極的に支持している。

(英語記事 Starmer criticises 'lies and misinformation' over child sexual abuse as he hits back at Musk / Starmer attacks spread of 'lies' on grooming gangs )

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c1mr4md25xyo


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