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ジェシカ・パーカー、デイミアン・マクギネス、BBCニュース(ベルリン)
ドイツ議会は29日、連邦政府に国境および亡命規則の厳格化を求める決議案を可決した。決議の際、極右勢力とは協力しないという独政界の長年の「ファイアウォール(防火壁)」が破られたため、議会はやじと非難の応酬に陥った。
この決議案は最大野党である保守派のキリスト教民主同盟(CDU)が提出し、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持した。この決議に拘束力はない。
嵐のような会議の中で、各党の政治家たちは互いに批判と非難を浴びせ合った。
CDUのフリードリヒ・メルツ党首は、この動きは「必要なもの」だと主張した。これに対しオラフ・ショルツ首相は、「許しがたい過ち」と非難した。
CDUは31日にも、再びAfDの支持を得て、移民の数と家族再会権を抑制する法案を提出する予定だ。
しかし、メルツ氏の提唱する措置が、2月に予定されている解散総選挙までに実施される可能性は非常に低い。仮に実施されたとしても、欧州連合(EU)法に抵触する可能性がある。
メルツ氏はAfDが決議案を支持したことについて、「間違った人々が支持しているからといって、政策が間違っているわけではない」と述べた。
「公共の安全と秩序が脅威にさらされていると確信するまでに、あと何人の子供がこのような暴力の犠牲にならなければならないのか?」
CDUが支持率調査で1位となったことで次期首相と目されているメルツ氏は、自分はAfDの支持を求めたことも望んだこともないと強調。「AfDの議員たちが歓声を上げる姿や、その喜ぶ顔を思い浮かべると、不快な気持ちになる」とも述べた。
社会民主党(SPD)のショルツ首相は、メルツ氏の行動を非難した。
同首相は、「ドイツ連邦共和国が設立されてから75年以上、我々の議会におけるすべての民主主義者の間には常に明確なコンセンサスがあった。それは、極右と共に行動しないということだ」と述べた。
ドイツでは、かねて緊迫化している移民をめぐる議論が、亡命希望者による一連の死傷事件で再燃している。22日には、南部バイエルン州アシャッフェンブルクで刃物襲撃事件があり、2歳の幼児を含む2人が死亡した。
この問題は、昨年11月に3党連立が崩壊したことで始まった選挙活動で主要な争点となっている。
「適切な書類を持たない者のドイツ入国禁止」を求めるCDUの決議案には、AfDと自由民主党(FDP)が賛成した。ただし、この決議に拘束力はなく、現行の少数派政府に実施を強制することはできない。
ドイツ政界のおいて、極右に対する「ファイアウォール」の重要性を過小評価することは難しい。第2次世界大戦におけるナチス・ドイツのユダヤ人大虐殺(ホロコースト)の記憶は、現代ドイツで根本的な役割を果たしている。
ドイツ議会では29日、この決議案の採決の前に、ナチスの犠牲者を追悼する年次記念式典を開催。ホロコーストを生き延びたロマン・シュヴァルツマン氏(88)が演説した。
フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領も演説し、ナチスの犯罪を決して忘れてはならないと強調。ドイツ人としての歴史的責任に「線を引く」ことはあってはならないと述べた。
これは、過去を忘れない文化を批判し、ドイツの歴史に対するより広範な視点を主張しているAfDの政策と、直接対立している。
そのため、CDUのメルツ党首が先週、AfDが自分の決議案を支持するかどうかを気にしないと発言したとき、多くの人々が衝撃を受けた。
これはメルツ氏の以前の発言だけでなく、極右に依存することを禁止している党の公式方針とも矛盾している。
AfDの一部は、ドイツ情報機関によって右翼過激派に指定されているが、同党は現在、支持率調査で2位につけている。メルツ氏は、AfDとのいかなる形の連立も否定している。
今週行われた最新の世論調査では、保守派のCDUの支持率が数ポイント下がって28%となった一方、AfDはわずかに上がって20%となった。
AfDのアリス・ヴァイデル共同党首は、ファイアウォールは「反民主主義的なカルテル協定」に相当すると述べ、今後数年で崩壊すると予測している。
極右の支持に頼ることを許すのは、メルツ氏にとっても賭けだ。メルツ氏は、移民に対する過激な姿勢を強めることで、AfDに投票しようとする右派有権者の支持を取り戻せると信じている。
しかしその過程には、中道派からの支持を失うリスクがある。
ドイツが10年前に多数の移民と難民に直面した際にCDUを率いていたアンゲラ・メルケル前首相は、「Wir schaffen das(私たちはできる)」という有名な発言をした。メルツ氏は今回の決議案によって、より中道的な保守派だったメルケル時代に別れを告げたかっこうだ。
今回の動議は象徴的なもので、保守派が権力を握った場合に何をしたいかを示している。しかし同時に、有権者に対し、メルツ氏が誰からの支持を受け入れる準備があるかを示す具体的なシグナルでもある。
メルツ氏の動きは、ファイアウォールに関する約束を破ったと批判されている。採決の結果が発表されたとき、AfDが議会で歓声を上げたのも不思議ではない。