2026年10月4日(日)

つくりびととの談い

2026年10月4日

 八月や六日九日十五日。

 ジリジリと真夏の日差しが照りつける8月10日、東京都墨田区の錦糸町にあるGRITを訪ねた。都内に数社しかない野球のグローブ製造工場である。

牛革をアイロンの機械にはめて整える佐々木一行さん。工場の隣には店舗スペースがあり、五感を刺激されながらオーダーすることができる(写真・大西史晃)

 代表の佐々木一行さん(44歳)が、工場の中にある店舗スペースで紆余曲折に満ちた過去を振り返った。

 「2004年のお盆前の、ちょうどこの時期でしたね。暑いのに背広を着込んで、履歴書を持って、両国の東駒スポーツというグローブ製造工場に、バイトでもいいから働かせて欲しいとお願いに行ったんです」

 小中高と野球に明け暮れる毎日を送った佐々木さんは、何らかの形で野球に関わる仕事をしたいと願っていた。しかし高校に来る求人は、印刷工や自販機の補充要員など。自らハローワークに通って探し当てたのが、スポーツ用品店の店員だった。

 「人見知りなので接客は苦手でしたけれど、グローブやスパイクの修理は上達しました。ただ、高給とは言えず、入社して間もない時期に結婚したこともあって、子どもができたら生活していけるのか不安でした」

 転職を決意し、20歳でルート配送のトラック運転手になった。始発から終電まで働き詰めに働いて稼ぎはよくなったものの、野球から離れてしまった結果、むしろ野球に焦がれる気持ちが強くなってしまった。

 そんなある日、トラックのカーラジオから東駒スポーツを紹介するレポーターの声が流れてきた。

 「スポーツ用品店時代、展示会で東駒の先代社長にお会いしたことがあったんです。そうか、両国でグローブを作ってる工場があるんだと思ったら、心が揺らぎました」

 当初、東駒の先代からは人を雇う余裕はないと断られたが、工場を見学したいとかなんとか理屈をつけては、足繁く東駒に通った。

 「お前、しつこい奴だな」

 根負けした先代が、アルバイトでいいならお盆明けから来いと言ってくれた。問題は家族の了解である。

 「さすがにバイトはマズイと思って、東駒の仕事終わりにファミレスのジョナサンで深夜2時まで働くことを決めてから、女房に切り出しました。東駒で社員になった後も2年間、ジョナサンで働き通しました」


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