2026年6月21日(日)

つくりびととの談い

2026年6月21日

 虫明湾は岡山県東部に位置する、牡蠣の名産地である。

 穏やかな湾内にはいくつもの牡蠣筏が浮かび、岸壁には牡蠣を剥く作業場が櫛比する。その傍らには牡蠣の種をつける帆立の貝殻がうず高く積まれて、奇景を生みだしている。

 「音がしませんね」

 隣でカメラマンが呟いた。たしかに、時折通る軽自動車以外で音を発するのは海鳥だけ。虫明には食堂もコンビニも、パチンコ店もない。

 つまり、正真正銘の田舎なわけだが、なぜか会う人会う人みなエキゾチックな顔立ちをしている。聞けば、牡蠣剥きのようなきつい仕事は、もはや東南アジアからの技能実習生なしには成り立たないのだという。

「さばき」と呼ばれる作業を行う西角初恵さん。目視で網の目合いを素早く確認しながら、足で機械を調整して、網が絡まらないようにまとめている(写真・大西史晃 以下同)

静かな漁港で輝く企業
農業用ネットも大ヒット

 まったく思いがけなく、地方の国際化の最前線に遭遇することになったが、実はもうひとつ、虫明には世界との太い繋がりがある。国産漁網のトップメーカー、横山製網社長の横山敬弘さん(49歳)が言う。

 「うちは刺し網で、全国シェアの約7割を持っています。お客様は、文字通り北は北海道から南は九州まで。アメリカなどへの出荷も多く、地元岡山への出荷量が一番少ないくらいです」

 かつて岡山県東部には5、6軒の製網メーカーが存在したが、現在は横山製網を含めて2社しかない。

 「乱獲や温暖化で魚も減ったし、なんと言ってもお客さんである漁師さんが激減していますからね」

 そんな逆風の中で横山製網が生き残れたのは、ひとえに本業に専念してきたからだと横山社長は言う。

 「創業は1920年ですが、戦後の高度経済成長期にナイロンが登場して漁網の大量生産が可能になってからバブルが崩壊するころまで、漁網は儲かったんです。それで経営を多角化する会社が多かったのですが、うちは堅実に本業一筋、品質重視でやってきたので本業でのシェアを大きくすることができたのです」

 新商品の開発も怠りなく、なんと紙の糸で編んだ農業用のネットが大ヒット中だという。営業部次長の麻植大輔さん(49歳)が言う。

縦糸と横糸で網を編む。温度により糸の伸縮が変わるため、その突っ張り具合は常に微調整される

 「10年前から開発を始めて、実用化に漕ぎつけたのが5年ほど前ですが、農家さんだけでなく、ホームセンターから一般消費者向けの引き合いが来るようになって以降、売り上げが倍々ゲームで伸びています」

 紙製のネットは、土中に埋めればわずか5週間で分解してしまう。産廃として出す手間もなければ、焼却して環境を汚染することもないというのだが、そもそも紙で風雨に耐えるネットが作れるのだろうか。

 「紙の糸は強く引っ張れば切れてしまいますが、だからといって糸の強度を上げ過ぎると分解が遅くなります。最適な強度に編み上げるのはとても難しい。漁網で培った日本一の編網技術があるからこそ、できることなんです」

縮む網を引っ張りながら90度の熱湯につけることで、網を伸ばして強度を高める。その後、樹脂に浸して、網の結び目が動かないように頑丈にする
仕上げに高温の蒸気をあてて網の皺を伸ばす。目合いが均等になるように、細部の最終調整も行う

 ひたすら本業の技術を磨き上げてきた歴史が〝鄙にも稀な世界企業〟を支えている。そしてもうひとつ、横山製網には特筆すべき現象がある。

 「うちは女性社員が多いのですが、なぜかみなさん定年まで辞めないんです。産休が終わると100%戻ってくるんですが、理由は私にもよくわかりません。直接、女性社員に聞いてみてくれませんか」(横山さん)

 というわけで今回、初の〝女性つくりびと〟の登場と相成った。


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