天竜川水系のひとつに、安間川という全長14キロ・メートルほどの河川がある。
浜松市中央区を北から南へ貫流する安間川は、天竜川と河口付近で合流して遠州灘に注ぐ。都市部ではすっかり見なくなった小高い土手の連なりに、雑草が生い茂っている。
日本で唯一、企業としてチェンバロを製作している(個人製作者は複数いる)三創楽器製作所の社長・岩上勝さん(67歳)は、昼食の後、この土手を歩くのを日課にしている。
「コガモ、カルガモ、ヒドリガモにカワセミもいる。たまにスッポンも見かけるね。これはノビルだよ。葉っぱを千切って匂いを嗅いでみて」
ニラのような匂いがする。
しばらく歩くとアスファルトが尽きて、砂利道が続いた。
「じゃりじゃりして歩きにくいけど、雨水が浸み込むんだよ。こういう道を歩かないと、感覚がおかしくなっちゃうからさ」
三創楽器の工場に近い水付橋からスタートして、上流の天王橋で折り返すと小一時間かかる。桜の季節には、もう少し距離が伸びる。
「午前中の仕事で、ああ、やっちまったと思うことがあっても、原因を考えながら歩いているといいアイデアがぱっとひらめく。人間は歩かないと考えられない生き物なんだよ」
四季の移ろいを愛でながら歩くばかりではない。憤りもある。
「ここは車の抜け道になってるから、桜の枝をみんな切っちゃった。枝を切らなきゃ長生きできるのにさ。それにしても最近の車って、売るためのデザインばっかりでみすぼらしいよなぁ」
準工業地域を流れる一見殺風景な安間川の岸辺が、岩上さんと一緒に歩くと、変化に満ちた賑やかな場所に見えてくるから不思議だ。
