現在、各国は、外国の領土を征服したり、敵を屈服させたりすることを受け入れられるコストで実現することが難しくなっている。各国がより賢明であれば、野心的な失地回復主義はなりをひそめるであろうし、外交を活用して、紛争を妥協や調整で解決しようとするであろうが、そうはならないと思える理由がいくつかある。
第一に、国家間の競争はなくならない。ライバル国は、互いに決定的な軍事行動を行うための「魔法の銃弾」を探し続ける。それは、大国も小国も同様である。
現在の状況は、台湾に中国からのあり得るべき侵攻に対抗する手段を提供するものであるが、中国の軍事プランナーは、間違いなく台湾が開発しているドローン、地対地ミサイル、地雷などを克服する方法を見いだす作業を続けるに違いない。賢明なことではなく、コストもかかるにも関わらず、戦争が起こることを考えれば、国によっては、攻撃を抑止するための最も信頼度の高い手段である核兵器を持とうとするものも出てくる。
第二に、直接の軍事攻撃がコストの面で引き合わないとしても、大国は弱小国いじめを止めない。威圧の手段は、相互依存関係の武器化、貿易戦争、封鎖など別の分野へと移っている。こうした戦術は多くの場合、失敗に終わるが、だからといって試みる国がなくなるわけではない。
第三に、防御の優位性が効かない分野がある。例としてグリーンランドを挙げることができるだろう。
グリーンランドを奪取する戦略的および経済的な意味は薄く、米国がそれを行う政治的コストは高いとしても、それをやり遂げることは、イランとの戦争ほど困難ではないかもしれない。歴史が示唆するのは、騙されやすく、虚栄心の強い指導者は、敵は弱く、武力行使は素早く、安価なものにとどまり、大きな利得を得られるという説明者の言葉に脆弱であるということである。
征服は客観的に見て困難なものとなっており、他国を威嚇しなくとも安全を守れる世界になっているとしても、残念ながら、主要な指導者がそれを信じなければ、平和な世の中にはならない。
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「攻撃」という判断を下す3つの理由
ウォルトは、著名な国際政治学者でForeign Policy誌のコラムニストでもある。彼は、上記の論説と同様の問題意識から7月6日付けで「戦争はやる意味を失ってきている」と題する論説を書いているが(8月17日付け本欄『戦争はやる意味を失ってきている…軍事力では政治的目標を果たせなくなった4つの理由』参照)、ロシアのウクライナ侵略と、米国・イスラエルによるイランへの軍事攻撃において、「高度の機能を持つドローンや正確なミサイルの開発、偵察・標的設定能力の向上」によって防御側が強さを発揮しているという限られた事例から、広範な結論を導き出そうとする点で「突っ込みどころ」の多い論説であった。今回は、より現実的な見方を示しており、前回のものよりも、説得力のある議論を展開している。
その点、今回の論説は、「攻撃」と「防御」のバランスが「防御」優位にシフトしているのではないかとしつつも、現実には「攻撃」の決断を下すことがありうる要因を列挙しているのは議論として有益である。この現実妥当性の論点についてコメントしたい。
