野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2017年7月13日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

中国政府の圧力に「慣れてしまってはいけない」

 この作品を撮った伍嘉良(ン・ガーリョン)監督に話を聞いた。伍監督はこうした状況について、「香港の中国への返還後、ゆっくりですが香港にある重要な価値のあるものが失われています。返還10年、あるいは返還20年という区切りには大きな意味はありません。継続中の危機なのです」と話す。

「地元産の卵」を撮った伍嘉良監督
(C)Photographed by Andy Wong, provided by Ten Years Studio Limited

 伍監督によれば、この『地元産の卵』という作品は、2012年に起きた香港への愛国教育の導入に対する反対運動をきっかけに考えついた。

 「教育によって子供に中国をどう愛するかを教えて愛国的にしていこうという中国の方針がはっきりし、このことに恐怖感を感じました。国旗をみて感動せよとか、国歌を聞いて涙を流しなさいとか、非常に問題がある教育を香港に導入しようとしたのです。それは、我々に文化大革命を思い起こさせるものです。この恐怖感を、映画のなかに取り込んだのです。もし、香港が文革時代の中国のようになったらどうするのか、ということを観客に考えてもらおうとしました」

 映画のなかでは、中国政府にとって思想的に好ましくない本を売っていたため、少年団に卵を投げつけられる書店が登場する。これなどは、雨傘運動のあとに起きた書店主誘拐事件を想起させずにはいられない。映画のなかの若い書店主は、密かに多くの発禁本を部屋に隠していたのだが、書店主に向かって雑貨店の経営者が「この状況に慣れちゃいけない。ぼくらが慣れてしまったから、君たちに辛い思いをさせてしまった」と語るシーンは印象的だ。

 今後、中国政府は、有形無形の圧力と規制のもとで香港の人々が口をつぐむことに慣れるように求めていくだろう。その事態に香港の人々が慣れてしまってはいけない、という伍監督のメッセージが込められている。

 伍監督には本作の発表後、「大丈夫か」「仕事が今後もらえなくなるぞ」「気をつけた方がいい」という声が周囲から何度もかけられた。映画は多くの称賛を浴びたが「トロフィーを受け取る気持ちは重いものでした」という。

 「この映画が生まれた原因は決して拍手で祝福されるものではありません。もちろん評価は嬉しいですが、香港の状況が日々悪化しているなかでは、素直に喜ぶことなどできません。将来について私は悲観的です。香港の自由、人権は十分に守られず、映画の状況に現実が近づいているのです」
 

映画『十年』は2017年7月22日(土)よりK's cinemaほか全国順次公開
<公式サイト>
http://www.tenyears-movie.com/


  
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