■今回の一冊■
FALL OF GIANTS 筆者Ken Follett, 出版社Dutton, $36
日本でも「大聖堂」(The Pillars of the Earth)などのベストセラーで知られる、イギリスの作家ケン・フォレットの歴史小説の最新作だ。直訳すれば「大国たちの没落」というタイトルの本作は、20世紀を舞台にした3部作の1作目。イギリス、ウェールズ、ドイツ、ロシア、アメリカに住む5つの家族が、時代の波にもてあそばれる様子を描く大河小説だ。本作は1911年から1924年までの時代を扱っており、第1次世界大戦の悲惨な戦場や大戦中におきたロシア革命などを、大国の貴族階級やウェールズの鉱山労働者、アメリカのロシア系移民といった、さまざまな個人の視点から鮮やかに描き出す。
ページ数985ページにも及ぶ大作だが、読み出したら止まらないおもしろさだ。各国語に訳され世界(日本などを除く)で同時発売し各地でベストセラーとなっている。アメリカでは発売と同時に、ニューヨーク・タイムズ紙の週間ベストセラーリスト(ウェブ版10月17日付)の単行本フィクション部門の1位で初登場。直近のリスト(11月28日付)でも10位につけている。
さすがに、イギリスの作家だけあって、第1次世界大戦を巡るイギリスやドイツ、アメリカなど大国の思惑を、複眼的に描き出している。これが、アメリカ人の作家だと、アメリカの正当性だけを前面に押し出す書き方になっただろう。そういう意味で、あまりアメリカ人好みのテーストになっていないにもかかわらず、アメリカでもベストセラーになっているのはひとえに、ケン・フォレットの手腕により一級のエンターテインメントに仕上がっているからだろう。
特に、特定の国に肩入れしないケン・フォレットの執筆姿勢は、第1次世界大戦の後のパリ講和会議での場面に如実に表れている。(以下、この場面に関する原文の引用はすべて887ページから)
The Japanese delegate, Baron Makino, wanted to speak. Wilson nodded and looked at his watch. Makino referred to the clause in the covenant, already agreed, that guaranteed religious freedom. He wished to add an amendment to the effect that all members would treat each other’s citizens equally, without racial discrimination.
「日本代表の牧野男爵が発言する機会を求めた。ウィルソン(米大統領)はうなずいて、自分の腕時計をみた。牧野は、規約の中ですでに合意に達していた宗教の自由をうたった条項について話した。加盟国が、人種による差別をすることなく、互いの国民を平等に扱うという趣旨の修正を加えたかったのだ」
人種差別撤廃を受け入れられなかった欧米
アメリカのウィルソン大統領が提唱した国際連盟の設立を議論する過程で、日本代表のバロン・マキノが連盟の規約に、人種差別の撤廃を盛り込むべきだと主張した場面だ。牧野男爵とは、昭和天皇の側近として内大臣などを務めた牧野伸顕のことだ。大久保利通の次男で、牧野の娘は吉田茂に嫁いでおり、バロン・マキノは麻生太郎元首相の曽祖父にあたる。