結局、日本のこの提案は、イギリスやアメリカの反対にあい、国際連盟の規約に人種差別撤廃条項は盛り込まれなかった。しかし、牧野の主張は以下に引用するように理路整然としていた。
Makino’s speech was eloquent, even in translation. Different races had fought side by side in the war, he pointed out. “A common bond of sympathy and gratitude has been established.” The league would be a great family of nations. Surely they should treat one another as equals?
「牧野の発言は通訳を通したものだったが、よどみなかった。異なる人種が戦争では共に戦った、と牧野は指摘した。『共感と感謝の共通の結束が築かれた』連盟は国々が集まる大きな家族になるはずだ。当然、お互いを平等に扱うべきではないのか?」
ほとんど、ストーリー展開に関係ない、国際連盟の規約を巡る日本の動きを、なぜケン・フォレットは描いたのか? おそらく、第1次世界大戦に勝利した国々も、実は国内では人種差別や階級差別といったさまざまな問題を抱えていることを、浮き上がらせたかったのだろう。大国の偽善を鮮明に描く次の一節は特に印象的だ。
The Japanese had been talking about this for a week or two. It had already caused consternation among the Australians and the Californians, who wanted to keep the Japanese out of their territories. It had disconcerted Wilson, who did not for one moment think that American Negroes were his equals. Most of all it had upset the British, who ruled undemocratically over hundreds of millions of people of different races and did not want them to think they were as good as their white overlords.
「日本はこの件に関して、ここ1、2週間、話してきていた。日本人を自国の領土から追い出そうとしていたオーストラリア人やカリフォルニアの人々の間で、すでに動揺を引き起こしていた。ウィルソンも当惑していた。彼自身は一瞬たりとも、アメリカ黒人が自分と同じだと考えたことがなかった。最も慌てたのはイギリス人だった。彼らは人種の異なる何億もの人々を非民主的に支配し、それら民衆が白人の領主たちと自分たちが同等だと考えて欲しくなかったのだ」
第1次世界大戦を舞台とする本作では、日本が登場する場面はほとんどない。アメリカの参戦を阻止するために、日本を巻き込んでアメリカ西海岸に攻撃を仕掛けさせる策略をドイツが考えていたなど、ごく限られた場面でしか日本は話題にならない。
おしゃれだが非効率なフランス人
さて、さまざまな国のさまざまな階級の人々の目を通して、戦争を描いているのが本作の特徴だと先に記した。例えば、第1次世界大戦でフランスやロシアと敵対したドイツ人はヨーロッパ各国をどうみていたのか。ドイツの外交官の胸のうちの思いを描く次の一節は、当時のドイツ国民のステレオタイプな考えを知るうえで興味深い。