駆け出しの記者時代にこのカッターがあったら、スクラップ帳作りがどれだけラクだったろうと思う。新聞のように薄い紙でも、重ねたまま上の1枚だけを切ることができる。国内のカッター市場でシェア約5割をもつ最大手のオルファが2010年10月に発売した。デジタル万能時代になっても、新聞や雑誌記事の切り抜き・保存にこだわる人は少なくなく、静かな人気を呼んでいる。
オルファの細身タイプのカッターと何ら変わらないように見えるものの、厚さ0.07ミリ程度の新聞から厚手の雑誌まで容易に1枚切りできる優れものだ。切る紙の厚さに応じ、「MIN」~「MAX」と表示されている無段階のアジャスターで刃にかける圧力を調節する。
念のため紙が重ね切りにならないよう、試し切りが必要だが、アジャスターで1度設定すると内蔵した板バネ機構によって刃にかかる圧力は一定となり、力加減を気にすることなくスムーズに切り抜くことができる。
このような「1枚切り」のカッターはこれまでも存在し、オルファ自身も1996年に「ウイング」という製品を売り出したことがあった。だが、あらかじめ刃先の長さを固定したものであり、うまく1枚切りを行うには、微妙な勘やコツが必要だったという。徐々に販売も減少し、ウイングは10年ほどで生産中止された。ところが、廃番となった後も、替刃などに関する問い合わせがコンスタントに寄せられ、根強い愛用者の存在が明らかになっていったのだった。
社内では1枚切りカッター復活の機運が高まり、09年の初めから人の勘やコツに頼らない進化型製品の開発がはじまった。開発を担当した商品開発部課長代理の岡畑賢治(38歳)は「誰が切っても1枚」を出発点にしたという。
カギは、切りたい紙の厚さに応じて刃にかかる圧力を可変させ、かつアジャスターで設定した圧力は一定に保つことである。それには、当初からバネの利用が有効と見ていた。
バネの種類はいくつかあり、最終的に採用した板バネのほか、コイルバネなどを含む3タイプで試作に着手した。バネによって、圧力を制御する機構そのものは異なってくる。また、バネを小さな本体に収容する必要もあるため、それぞれ一長一短があった。当初は、コイルバネが有力視されたものの、収容スペースなどの点で行き詰まった。
試作からはじまる 商品開発の伝統
その後、岡畑は制御性や収納性の観点から板バネに絞り、試作を重ねていった。オルファの商品開発は、まず試作ありきで進められる。構想した商品を開発者自身が工作機械などで形にし、機能や使い勝手を確認しながら仕上げていくのだ。このため、開発部門のオフィスに隣接して20畳ほどの「試作ルーム」が設置されており、樹脂や刃を加工するための機械が設備されている。