シリア内戦は、アサド政権側が、かつて「イスラム国」が支配していた領域の大部分を取り返し、反政府勢力が支配していた南西部のダマスカスに近い部分も制圧した。今やアサド政権の支配下にないのは、北西部のイドリブを中心とする地域と、北東部のクルド支配地域だけと言ってよい状況になっている。さらに、イドリブ県に対してもロシアが激しい空爆を加えている。ロシアとイランの支援の下、戦争犯罪人ともいうべきアサドが、内戦にほぼ勝利したと言える。
この状況を踏まえ、ロシアは、欧州にとっての頭痛の種であったシリア難民の帰還、それと同時にEU、米国などがシリア再建に資金を出し、アサドとの関係も正常化するように、という提案を行っている。このロシア提案は、アサドに難民帰還を受け入れさせること、シリア再建資金は米・EUが出すこと、自らが支援したアサド政権に政権としての正当性を付与することを求めているが、相当身勝手な提案である。
提案の実効性についても疑問がある。フィナンシャル・タイムズ紙コラムニストのガードナーは、次の3つの問題点を指摘する。
第1:アサド政権が安定性をもたらすと前提するのは賢明ではない。アサド政権は自国民、スンニ派多数派に全面戦争を仕掛け、50万人が死亡し、人口の半分は避難民になった。その上、アサド政権の政策は過激派を作り出す。シリアは2003年のイラク戦争の時にイラクにジハード主義者を送り込んだし、シリアでの反乱の初期に刑務所から何百人のジハード主義者を釈放し、反乱の主導権を彼らがとるようにするなど、過激派を使った。
シリアのイランとの同盟は40年も続いている。ヒズボラは1982年ダマスカスのイラン大使館で生まれた。
第2:アサドはシリアの難民が帰還することについてロシアなどと同じ考えをしていない。彼はスンニ派が支配的な人口構造の復活を阻止したいとしているように見える。
第3:もっとも憂慮されるのは、アサドの軍がロシア空軍と共に北西シリアの最後の反対派拠点、イドリブを奪取する軍事作戦に乗り出そうとしていることである。イドリブにはアルカイダ系の何万ものジハード主義者がおり、300万の住民の半分は反体制派地域から逃れてきた難民である。この二つのグループは作戦が始まれば、トルコの国境に押し寄せることになり、通貨危機や、米国と対決しているトルコに安全保障・難民問題を提起する。
出典:David Gardner,‘Russia launches a diplomatic offensive on rebuilding Syria’(Financial Times, August 22, 2018)
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