2024年4月20日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2011年8月9日

 記事の内容は、鉄道建設の工期さえリーダーの都合でころころ変わることの危うさをインタビュー形式で描いたものだが、衝撃的なのは匿名インタビューを受けたその技術者が高速鉄道には「(怖くて)乗れない!」とはっきり答えていることだ。

 新華社はさらに、事故の原因調査に関する報道で、〈鉄道部が事故数時間後に信号設備の欠陥であることを把握したにもかかわらず公表を避けていた〉問題をなんと“独自調査”によって暴きだしているのだ。この動機は言うまでもなく、民意の要求に応えるためだ。

 もっとも、とはいっても現状はまだ党中央と鉄道省をきっちり区別した上で行っている“当局批判”であって、党中央と直接対決の構図は描いていない。つまり彼らが普段、地方幹部の汚職を徹底追及する構図とそれほど変わりないのだが、そこには中央の鉄槌を巧みにかわしながら民意と言う新たな権力へと体重を移し始めたメディアのしたたかさも透けて見えるのだ。

 これは来るべき商業ジャーナリズムの本格的な幕開けに備えた動きであり、同時に政権が正当性を失った場合にも生き残るための保険料を払い始めたと解することができる。

 もちろん共産党の結党から存在する宣伝部は、それほどヤワな組織ではなく、「秋後」(騒ぎが一段落したころ)には必ず失地回復を果たすだろう。

 だが、今回の件で民意と既存メディアがキャッチボールをしながら権力と対峙し“一線を超えた記憶”は、民意の可能性を人々の脳裏に深く刻むこととなった。

 おれたちも団結して騒げば共産党も配慮せざるを得ない――。

 人々がそのことを深く意識していることは、事故発生からしばらくして流れたこんな笑い話のなかからも読み取ることができる。

世論の目を逸らすには?

 笑い話は、高速鉄道事故で世論が大騒ぎしていることを受け北京で開かれた架空の対策会議の室内の場面から始まる。まず、発言するのはリーダー(おそらく国家主席を意味している)だ。

 「みなの意見を聞きたい。世間は高速鉄道の事故で大騒ぎだ。なんとか世論の目を逸らしたいのだが、何か方法はないだろうか?」

発展改革委員会代表 「そうですね、じゃあもう一度ガソリン価格の引き上げでも発表しましょう」

共産党中央宣伝部 「われわれは、すべての記者をノルウェー(大量殺人が起きた)に派遣しましょうか?」

国家品質管理局 「(高級ブランド家具の産地偽装で問題になった)ダヴィンチのような企業をもう一つ見つけて摘発しますか?」

鉄道部長 (少し考えてから)「どうしてもだめなら、私が自分の女性問題でも告白しますよ……」

高級法院(高等裁判所) 「雲南省の判決(殺人罪で死刑判決が下されたのを強引に執行猶予に切り替えて世論の反発を招いた)をもう一度死刑にもどしてやるか」

国防部 「もう一隻別の空母があることでも公表しよう。それとも南シナ海で大砲でもぶっ放すか?」

外交部 「いやいや、だったら頼昌星(共産党幹部も絡んだとされる中国最大の密輸事件の容疑者で、中国がずっとカナダに返還を求めていて、今年やっと念願がかなった)をカナダに送り返してやりましょう」

 ――事故をきっかけに世論が沸騰したことを権力側が恐れ、対策に躍起になっていることを世論の側が正確に把握し、しかも中国の権力が置かれるポジションを正確に描いている笑い話だ。

 それにしてもこうして並べてみると、何と難題の多い国なのか。

 ◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信中国総局記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
※8月より、新たに以下の4名の執筆者に加わっていただきました。
森保裕氏(共同通信論説委員兼編集委員)、岡本隆司氏(京都府立大学准教授)
三宅康之氏(関西学院大学准教授)、阿古智子氏(早稲田大学准教授)
◆更新 : 毎週月曜、水曜


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