2024年4月27日(土)

Washington Files

2019年4月15日

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 カシミール地方の領土争いめぐりインド、パキスタン間の緊張が高まる中、両国が保有する核戦力の「相互抑止力」が果たして戦争を回避できるのかという論議が欧米で活発化しつつある。ホワイトハウスも昨年1月公表した「米国国家安全保障戦略」報告書の中で、印パ間での核戦争の危険に言及、深刻な懸念を表明したばかりだ。

 「核抑止力=nuclear deterrence」とは、圧倒的破壊力を持つ核兵器を保有することで相手国は報復を恐れ、侵略や攻撃を思いとどまり、結果的に戦争を回避できるとのコンセプトを意味する。冷戦時代、米ソ両超大国が核戦争に至らずに済んだのも、双方が、いずれかによる先制攻撃に対し大量核報復できる体制を維持してきたからだと説明されてきた。さらにそこから、核武装が平和確保を保証するといった極論さえ一部に存在する。

 ではインド、パキスタン間の紛争の場合も、双方が核武装している現状をもって、「相互核抑止力」が機能し、結果的に核戦争につながることはない―と単純に言い切れるだろうか。実際は、そう簡単な話ではない。「核の均衡=nuclear parity」を維持してきた超大国間の体制と、宗教や民族問題など複雑な要素が絡んだ印パ間のような地域紛争とは同日には論じられないからだ。

 そこでなぜ、印パ情勢が楽観を許さないかについて、過去の事例を参考にしつつ、冷静に議論する必要がある。

 直面する世界の諸問題への対応を論じた「米国家安全保障戦略」報告書は、印パ間の緊張関係について具体的に「両国間の軍事対立が核交戦につながる恐れは、アメリカにとっても依然として重要な懸念材料であり、外交的関心と注意をつねに持ち続ける必要がある」と指摘、とくにパキスタンに対しては「同国が保有する核兵器について責任ある管財人(responsible steward)であることを証明し続けるよう、わが国としてうながしていく」として、核の先制使用やテロリスト・グループへの流出の事態につながることのないようクギを刺した。

 アメリカがとくに南アジアでの核戦争勃発を懸念するのは、クリントン政権下の1999年に起こった印パ間の「カーギル戦争」当時の記憶があるからだ。

「相互核抑止力」地域紛争の際には必ずしも機能しない

 これは同年5月から7月にかけて両国国境沿いのカシミール山岳地帯の要衝「カーギル」のインド側実効支配地域をパキスタン側のイスラム武装組織と民兵部隊が占拠、エスカレートして両国軍が戦争状態に突入したことから「カーギル戦争」と呼ばれたものであり、一時はパキスタン軍が、猛反撃に出たインド軍に対抗するため、核兵器使用も検討したといわれるほど緊迫した情勢となった。両国が1998年、ともに核兵器開発実験を実施したその翌年のことだった。

 とくに交戦期間中、パキスタン外相が「戦いが長引いた場合、わが国は持てるあらゆる戦力を投入するのにやぶさかでない」と核兵器使用を示唆する警告を発したことや、パキスタン戦略部隊が核弾頭を国境地帯に移動させたとの情報をアメリカのCIAおよびDIA(国防情報局)が入手したことなどから、同年7月、クリントン大統領が急遽ホワイトハウス訪問を促したシャリフ首相に対し、パキスタン軍の同地域からの撤退の要求と核使用への厳重警告を行ったことで知られる。

 結局、アメリカはじめ国際社会の厳しい批判と反発もあり、パキスタンは核の先制使用に踏み切ることもなく、インド支配地域からの部隊撤退を決定、事態収束につながった。

 ただ、この「カーギル戦争」が残した重要な教訓を見逃してはならない。それは、「相互核抑止力」は超大国間の場合と異なり、地域紛争の際には必ずしも機能しないという点だ。

 「相互抑止力」は、以下のような重要な前提から成り立っているからだ:

  1. 核兵器を管理する軍部に対するシビリアン・コントロールが確保されているかどうか
  2. 当事国の政治指導者が国民感情や過激な宗教対立意識に流されず理性的判断を下せるかどうか
  3. 国民が核兵器使用のもたらす恐るべき被害や悲劇的結末について十分な知識と理解を持っているかどうか

 遺憾ながら、印パ対立のような地域紛争では、超大国の場合とは異なり、これらの前提のいずれをも充たしているとは言い難い。


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