2022年11月27日(日)

Washington Files

2019年4月15日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。著書に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

 たとえば、シビリアン・コントールについては、「カーギル戦争」の場合、徹底されておらず、パキスタン軍部が独断で一部の核弾頭を紛争の前線に移動させたとみられている。ホワイトハウスに出向いたシャリフ首相が、クリントン大統領の口から核弾頭配備の動きを初めて知らされた時、驚きの表情を見せたと当時のホワイトハウス高官が証言していることも、それを裏付けている。

 また、シャリフ首相は「カーギル戦争」終結直後にムシャラフ陸軍参謀長の画策した軍事クーデターにより失脚、政界から追放されたが、このことも、パキスタンのような軍事体制下では理性的な判断を下す指導者が不在となり、従って核抑止力も機能する状況になかったことの証左ということもできよう。

 「カーギル戦争」当時、クリントン大統領とシャリフ首相の緊迫した会談に同席したストロブ・タルボット国務副長官は2004年刊行した回想録の中で「大統領はキューバ・ミサイル危機以上に深刻な事態と受け止め、首相に対し顔を紅潮させながら、部隊の戦闘地域からの撤退と核兵器不使用を強く要求した。クリントン政権が取り組んだあらゆる外交・安全保障問題の中で最も危険かつ瀬戸際のエピソードだった」と述べている。

 しかしその後、インド、パキスタン両国とも年々、軍事予算を増額、互いに軍備増強が続いている。核戦力も例外ではない。

 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)発行の2018年度最新版各国軍事力報告書によると、インドは核弾頭130-140発、パキスタンは140-150発を保有していると推定される。

両国核交戦となった場合、持久力の面でインドのほうが格段に有利

 この数字だけを見る限り、表面上、両国間の「核の均衡」は保たれているが、実際はインドは、地上発射ミサイルのみならず、戦略爆撃機および潜水艦発射ミサイル(SLBM)のいわゆる「トライアド(triad=三本柱)」と呼ばれる核戦力能力を備えているため、両国核交戦となった場合、持久力の面でインドのほうが格段に有利だ。(1984年講談社刊、拙著『核戦略ゲーム』参照)

 従って、両国の核バランスは極めて不安定であり、そのこと自体が、核戦争のリスクを増幅させかねない。

 さらにパキスタンは、「核先制不使用」ドクトリンを公式に採用していない。これに対し、インドは「報復」としてのみ核兵器を使用することを宣言している。パキスタン軍部内では、先制核攻撃によって一気にインドの核戦略基地に壊滅的打撃を与えることも核戦略の一環として視野に入れていると判断され(実際に「カーギル戦争」ではその前兆となる動きがあった)、国際社会にとって大いに気がかりな点だ。

 こうした状況下で起こったのが去る2月27日、カシミール地方の自国領内で起きたパキスタン軍によるインド空軍機2機撃墜と、墜落した操縦士2人の拘束事件だった。その直後、インド側もパキスタン戦闘機1機を撃墜したと発表、にわかに緊張が高まった。また同月14日には、インドが実効支配するカシミール地域で、パキスタン過激派による車を使った自爆テロが発生、インド民兵40人が死亡したのを受けて、インドがただちにパキスタン側の過激派訓練施設を空爆した。

 さらに4月8日、パキスタンのクレシ外相が「インドが今月中に再び攻撃を計画している」との懸念を国連安保理に訴えたことを明らかにしており、カシミール領をめぐる双方の抗争は再びエスカレートしかねない情勢となっている。

 しかし、ワシントンでは今、皮肉なことに、「1999年カーギル戦争」収拾で米政府が積極的役割を果たしたのとは異なり、場当たり的な外交政策に終始し真剣な対外コミットメントを軽視してきたトランプ政権下で今回、果して印パ戦争勃発の事態を回避できるのか、という議論が出始めている。

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