2024年7月16日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年9月8日

 8月16日、タイの首都バンコクの中心地で、1万人以上の若者が集まってデモが行われた。77の県の大半でも抗議デモが行われたという。若者たちはタイの民主化を求め、憲法の改正や議会の解散などを求めていて、これまでの抗議デモよりも踏み込んだ要求をしている。

Kachura Oleg / iStock / Getty Images Plus

 もともと、タイの民主主義に大きな問題を投げかけたのは、タクシンの登場であった。タクシン自身は成功したビジネスマンであったが、タイ東北部の農民を中心とする貧困層に、30バーツ(約100円)で治療が受けられるようにするなどの福祉政策を掲げて支持を拡大し、2001年に政権に就いて以来、すべての総選挙でタクシン派が過半数を獲得している。これに対して、反タクシン派は、まず2006年にクーデターでタクシンを追放した。その後2017年の憲法改正で、1)下院については大政党が不利になるよう、小選挙区で多くの議席を獲得した政党の比例区での議席配分を少なくし、2)上院議員をすべて非公選とし、3)首相は下院議員でなくてもなれるようにし、何とかしてタクシン派の過半数獲得を食い止めようとした。これはどう見ても民主主義的とは言えず、抗議デモはこのような憲法の修正を要求しているものである。

 若者の民主化要求のより直接的な契機は昨年の選挙であったと見られる。若者たちは反軍政や改革を訴えた「新未来党」を支持したが、「新未来党」は今年2月に選挙法違反を理由に憲法裁判所から解党を命じられてしまった。若者が反発したのは当然であったと言える。

 今回の若者の抗議デモでの要求で、これまでの要求になかったものは王室の改革である。王室は国民の大部分に支持されており、王室の改革の要求は、これまでタブーとみなされてきた。今回、不敬罪の廃止、王室予算の削減など10項目にわたる王室改革が要求されている。その背景には、国民から無条件に尊敬され愛されてきたプーミポン国王の崩御があると思われる。ただ、王室の改革は容易ではなく、取り上げられるとしても、不敬罪の廃止くらいではないだろうか。タイの不敬罪は刑法112条に「国王、王妃、王位継承者あるいは摂政に対して中傷する、侮辱するあるいは敵意をあらわす者は、何人も3年から15年の禁固刑に処するものとする」と規定されており、外国人にも適用される。「侮辱」などの概念が明確でなく恣意的に運用される可能性があると批判されてきた。ちなみに、日本では戦前の刑法には不敬罪があったが、昭和22年の刑法改正で廃止されている。

 若者を中心とする抗議デモが今後も続くか、あるいは一層拡大するかどうかが重要である。もし続く、さらには拡大するのであれば、プラユット政権の対処ぶりが問題となる。プラユット政権は、デモの弾圧は無理と思われるが、他方で抗議デモの要求を受け入れるのも容易ではない。今後の抗議デモの推移如何によっては、政権は危機を迎えることになるかもしれない。その場合、タイの政情は混乱が予想される。注視する必要がある。

  
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