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2020年9月21日

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フィンセン文書」調査報道チーム、BBCパノラマ

米財務省金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)の捜査資料から、イギリス最大の投資銀行HSBCが2013年から2014年にかけて、8000万ドル規模の投資詐欺について知りながら、詐欺グループによる海外送金を認めていたことが分かった。

「フィンセン文書」と呼ばれる2657件の文書を米バズフィードが入手し、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)に提供した。BBCの調査報道番組「パノラマ」が、各国の報道機関と提携して、漏洩(ろうえい)文書について調査を進めている。

漏洩文書のうち約2100件が、「不審行動報告書(SAR)」と呼ばれるものだった。SARは違法行為の証拠ではなく、金融機関が不審と思う顧客の行動を金融当局に知らせるためのもの。

HSBCは、自分たちは常にそうした顧客の不審行動の通報について、法的義務を果たしてきたと説明している。

明らかになったHSBCのSARによると、HSBCがアメリカでマネー・ロンダリング(資金洗浄)をめぐり19億ドルの罰金処分を受けた直後から、「マルチ商法」や「ポンジ・スキーム」などと呼ばれる投資詐欺が始まった。HSBCは金融当局に、そうした違法行為に厳しく対応すると約束していた。

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投資詐欺被害に遭った出資者たちの弁護団は、HSBCがもっと速やかに詐欺グループの口座を閉鎖すべきだったと批判している。

漏洩文書の中にはほかにも、アメリカの複数の大手銀行が、犯罪組織の大物の資金10億ドル以上の移転を手伝ったかもしれないなど、注目の内容が含まれている。

「フィンセン文書」とは

金融機関は法律上、顧客の本人確認を徹底し、犯罪者ではないかなどを確認する必要がある。

規制当局にSARを提出し、顧客の不審行動を届け出るだけでは不十分で、当局の対応を待ちながら顧客の汚れた資金を受け取り続けることは認められない。犯罪行為の証拠がある場合、金融機関は資金の移動を止めるべきとされる。

米財務省のFinCENから漏えいした文書は、複数の大手銀行を経由して資金が洗浄されていた手口や、犯罪者が匿名のイギリス企業を使って資金を隠していた様子などを明らかにしている。

フィンセン文書の調査報道を進めるICIJは近年では、世界の富裕層による資金洗浄や資金隠しの実態を明らかにした、「パナマ文書」「パラダイス文書」の報道に関わっている。

ICIJのファーガス・シール氏は、今回のフィンセン文書について、「大量の汚れた資金が世界中をどう動いて、銀行がそれについてどこまで承知しているのかを、うかがわせる」ものだと説明。「汚れた金の流れを規制するための仕組みは、壊れている」とも批判した。

流出したSARは、2000年から2017年にかけてFinCENに提出されたもので、対象の取引は約2兆ドル規模に上る。

FinCENは、この文書の漏洩はアメリカの国家安全保障や捜査に打撃を与え、SARを提出する側の安全を脅かす恐れがあると懸念を示している。

その一方でFinCENは今月半ば、自分たちの資金洗浄対策を刷新する方針を発表した。

イギリス政府も、詐欺や資金洗浄の取り締まり強化に、企業登記の手続きを改正すると発表している。

どういう投資詐欺だったのか

HSBCが当局から指摘されていた投資詐欺事件は、「WCM777」と呼ばれていた。出資者の1人、レイナルド・パチェコ氏(当時44)は2014年4月に米カリフォルニア州ナパのワイン畑で、石で殴られ死亡しているのが発見された。

パチェコ氏は、マルチ商法の仕組みに出資し、他の出資者を募るよう指示されていた。全員が金持ちになれるというのが、詐欺のうたい文句だった。

パチェコ氏が勧誘した女性は、約3000ドルを失う羽目になった。それがきっかけで、雇われた男たちがパチェコ氏を誘拐したとされる。

捜査を担当した地元警察のクリス・パチェコ巡査部長(親類ではない)は、「自分を含めて大勢の生活を楽にしようとしていた人で、自分もだまされて、残念ながらその代償を自分の命で払うことになってしまった」と話す。

「マルチ商法の被害者になったせいで殺された」のだと、巡査部長は言う。

どういうもうけ話だったのか

このマルチ商法スキームを立ち上げたのは、中国人のミン・シュ主宰。アメリカで住むようになった経緯ははっきりしないが、カリフォルニア州で修士の学位を得たと主張していた。

ロサンゼルスを拠点に「ドクター・フィル」を名乗り、キリスト教福音派の教会で牧師として活動するようになる。世界的な投資銀行「ワールド・キャピタル・マーケット」と運営していると言い、100日で100%の利益を出すと約束して出資者を勧誘していた。実際に動かしていたのは、マルチ商法の「WCM777」だった。

フェイスブックやYouTube上に加え、各地で投資セミナーを開き、8000万ドルを集めた。投資対象は、クラウドコンピューター技術への投資機会だった。

アジア系やラティーノ系の大勢が被害に遭った。詐欺グループはキリスト教を勧誘の道具に使い、アメリカやコロンビア、ペルーなどの貧しいコミュニティーを食い物にした。イギリスなど他の国にも被害者が出た。

カリフォルニア州の規制当局は2013年9月の時点から、WCM777を捜査していると通達していた。また住民にも、こうした詐欺グループが活動していると警告し、手口を知らせていた

カリフォルニア州政府はさらに、コロラド州やマサチューセッツ州の政府と共に、無登録の金融商品を販売しているとして、WCMを取り締まった。

こうした中、HSBCは、自行のシステムを通じた疑わしい取引に気付いていた。しかし、米証券取引委員会(SEC)がWCMを起訴した後の2014年4月になるまで、HSBCの香港支店で開かれていたWCM777の口座を凍結しなかった。その頃にはすでに、口座はほとんど空だった。

不審行為報告書の内容は

HSBCは、香港支店のWCMの口座に600万ドル以上が振り込まれた件について、2013年10月29日に最初のSARを提出している。


同行は、この取引に「経済上の、あるいはビジネス上、もしくは合法的な目的が見受けられない」として、「ポンジ・スキーム活動」の疑いがあると指摘している。

2014年2月に提出されたSARは、1540万ドル相当の疑わしい取引と「ポンジ・スキームの可能性」と書いている。

同年3月の報告書は、WCM777に関係する企業と920万ドル近い資金に関するもので、アメリカの各州が規制に動いていることや、コロンビアの大統領が捜査を指示したことなどに触れている。


HSBCの対応は

WCM777の詐欺手口が明らかになる数カ月前、HSBCはメキシコの麻薬密売組織の資金洗浄をめぐり、自行内の手続きを今後は改善すると約束して、アメリカ当局の訴追を免れたところだった。

ICIJの分析によると、HSBCは2011年から2017年にかけて、香港の口座を通じた15億ドル以上の怪しい取引を特定していた。15億ドルのうち、約9億ドルが犯罪活動に結びついていたという。

ただし、HSBCのSARには、資金の出所、最終的に口座の資金が誰のもとへ入るかなど、顧客についての重要な情報が含まれていない。

金融機関はSARの内容について、外部に話すことは許されてない。

HSBCは、「HSBCは2012年以降、60以上の区域において金融犯罪に対抗するための自社能力を刷新するべく、数年規模の取り組みに着手した(中略)。今のHSBCは2012年よりも安全な組織になっている」とコメントした。

同行はさらに、米当局との合意に基づく「すべての義務を順守している」と米当局が判断していると述べた。

WCMのシュ元受刑者は2017年に中国当局に逮捕され、実刑3年の判決を受けた。

中国からICIJの質問に答えて、シュ元受刑者はHSBCからの連絡はないと話した。WCM777は投資詐欺ではなく、SECによる摘発は間違っていたと主張。自分はカリフォルニア州に、宗教的なコミュニティーを作りたかったのだと話している。

ポンジ・スキームとは

20世紀の詐欺師チャールズ・ポンジにちなんで「ポンジ・スキーム(Ponzi Scheme)」と呼ばれる詐欺手口は、出資者を募りながらも、その資金から利益を生み出さない仕組み。出資者が自ら次々と他の出資者を勧誘することで、その人たちの出資金の一部を受け取る。


出資者への支払いを維持するために、ますます出資者を増やさなくてはならない。この間、主宰者は集まった資金を自分の口座に移動させる。

新規出資者がみつからなくなれば、この仕組みは崩壊する。

フィンセン文書にはほかに何が

漏洩された文書によると、ほかにも多国籍投資銀行JPモルガンが、ロシア・マフィアの大ボスによる資金移動を手伝った可能性があるという。

ロシア・マフィアのボスのボスとして知られるセミオン・モギレヴィッチ容疑者は、銃器や麻薬の密売、殺人などの罪を問われている。本人は正規の金融機関を利用できないはずだが、口座閉鎖後の2015年に同行が提出したSARによると、JPモルガンのロンドン支店が容疑者の資金を移動させた可能性がある。

フィンセン文書によると、JPモルガンは2002年から2013年にかけて、ABSIエンタープライズというオフショア企業に金融サービスを提供していた。この会社の所有者は、同行の記録からははっきりしない。

JPモルガンは5年間にかけて、10億2000万ドル相当の送金と受け取りを担当している。

漏洩された資料によると、ABSIの親会社は「エミオン・モギレヴィッチに関係しているかもしれない」とJPモルガンのSARは指摘している。加えて、「米連邦捜査局(FBI)の最重要指名手配犯10人の中に含まれる」と、モギレヴィッチ容疑者について説明している。

こうした内容についてJPモルガンは、「当行は金融犯罪と戦う政府の取り組みを支援するため、あらゆる法律や規制に従っている。この重要な職務を果たすため、数千人と数億ドルをつぎ込んでいる」とコメントしている。

フィンセン文書は、犯罪者が汚れた資金をどのように世界中で動かし、それを大銀行がどのように容認してきたか明らかにする、秘密文書。世界の金融システムでイギリスが弱点になりがちな様子や、ロシア資金がロンドンにあふれている様子も、流出した文書からうかがえる。

最初に同文書を入手した米バズフィード・ニュースが、ICIJに提供した後、世界中の記者400人が内容を精査してきた。BBCでは調査報道番組「パノラマ」の取材チームが、調査に参加してきた。


(英語記事 FinCEN Files: HSBC moved Ponzi scheme millions despite warning

提供元:https://www.bbc.com/japanese/54230722

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