20代でアイガー北壁とマッターホルンを制覇。未踏の領域へ、錐(きり)の先で限界を広げるかのごとく挑んできた。登山で培ったリスクマネジメントをビジネスにも生かし国内有数のアウトドア用品メーカーを率いる。目指すのは、働く者が世界一幸せになれる会社。「美しい山」を一歩ずつ登った先に、頂はもう見え始めている。
人生を決めた出会い
モンベル……インドア派は、つい喫茶店か洋菓子店を連想しそうだが、アウトドア派にとっては、求めるものと必ず出会えるメッカのような響きをもつ。モンベルはフランス語で「美しい山」。直営店を中心に、トレッキング、カヌー、キャンプ、サイクリング、登山、フィッシング、スキー、スノーボードなどあらゆるアウトドアスポーツ用品を展開している総合メーカーである。創業者であり、日本人で2番目にスイスのアイガー北壁登攀(とうはん)に成功した登山家、冒険家としても名を馳せた現会長の辰野勇は今年66歳になる。奈良公園にほど近い自邸でくつろぐ、ポロシャツにジーンズ姿の辰野は、陽光の下で過ごした時間の長さを物語るように焼け込んだ小麦色の肌、贅肉のない引き締まった体型、軽快な動き、とても60代には見えない。
「今も毎年、冬の最も厳しい時期に鳥取県の大山(だいせん)に登っています。1729メートルの山だけど、日本海側だから風も強く、雪も6メートルくらい積もる。自分に負荷をかける意味で厳しいところに挑戦しています」
辰野が標高3970メートルのアイガーの北壁を制覇したのは1969年。21歳の時である。史上最年少、最短時間という記録を打ち立てた偉業だった。同じシーズンにマッターホルンにも挑んで成功。登山家として世界から注目される輝かしい第一歩は、実は高校1年の時に定めた目標が達成された瞬間でもあった。
16歳の辰野は、1938年にアイガー北壁に初登頂したハインリッヒ・ハラーの体験記『白い蜘蛛』の抜粋を国語の教科書で読み、いたく感動した。山頂までの最後の1800メートルは垂直の壁。この壁の上部3分の1には蜘蛛が足を伸ばしたような白い氷壁が待ち構え、人が近づくと獲物を捕獲するように襲いかかる。が、そこを避けては頂に辿り着けない。生死を賭けた試練の連続は誰の心をも揺さぶるが、ほとんどは「こんな怖いことよくやるなあ」という感想に落ち着く。が、感動した辰野の心は、自分も登りたいと一気に燃え上がったようなのだ。