ベン・ベヴィントン BBCニュース(ワシントン)
5日のアメリカ大統領選を目前に、世論調査の結果は非常に拮抗(きっこう)しており、差は統計上の誤差の範囲内だ。そのため実際には、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領か、民主党候補のカマラ・ハリス副大統領のどちらかが相手より2~3ポイントは優勢で、楽に勝ってもおかしくない。
自分の利点を生かして効き目のある場所に支持者の集団を開拓し、その人たちが確実に実際に投票するようにする――。この戦い方においては、どちらの候補にも、それぞれ独自の強みがある。
まずは、トランプ候補から見ていく。彼が勝った場合には、いちど敗れた大統領が返り咲くという、130年ぶりの歴史的な事態になる。
トランプ候補が勝てる理由は……
1.現職ではない
有権者にとって一番大事なテーマは経済だ。そして、アメリカでは現在、失業率は低く株式市場は好調だが、自分たちは物価上昇のせいで毎日のように苦しんでいるのだとほとんどのアメリカ人は話す。
新型コロナウイルスのパンデミックの後、アメリカのインフレ率は1970年代以来の高水準に達した。だからこそトランプ候補は、「4年前より暮らしは楽になりましたか」と有権者に尋ねることができるのだ。
2024年には世界各国の選挙で、有権者は次々と与党を政権の座から追い出した。コロナ以降の生活費の高騰が、その一因だった。アメリカの有権者もまた、変化を渇望しているように思える。
アメリカの方向性に満足していると答えるアメリカ人は25%に過ぎず、3分の2が経済の展望を否定的に見ている。
ハリス候補はいわゆる「変化」の候補を名乗ろうとしたものの、ジョー・バイデン大統領の副大統領として、バイデン政権の不人気からなかなか距離を置けずに苦労してきた。
2. 暴動も起訴も有罪も影響がうかがえない
2021年1月6日に支持者が連邦議会を襲撃しても、本人が次々と犯罪で起訴され、挙句には前例のない重罪34件で有罪となっても、トランプ候補の支持率は今年ずっと40%かそれ以上で安定してきた。
民主党や「ネバー・トランプ(トランプは絶対に支持しない)」を掲げる保守派は、同候補は公職にふさわしくないと批判するものの、ほとんどの共和党支持者は、前大統領は政治的な魔女狩りの被害者なのだと擁護する。
両陣営とも支持者はすでに、態度を強固に固めている。それだけにトランプ候補は、自分について考えを固めていないごくわずかな無党派層を説得できれば十分なのだ。
3. 不法移民への警告は共感されやすい
選挙を決めるのは経済の状態だというほかに、有権者の心を動かすテーマが結果も動かすことが多い。
民主党は今回、中絶がそのテーマになると期待している。トランプ陣営は、移民問題だろうとみている。
バイデン政権下では、アメリカの南側国境で警備当局と越境者が接触する件数が記録的なレベルに達した。その影響は、国境から遠く離れた州にも及んだ。世論調査では、有権者は移民問題について、トランプ候補をより信用しているという結果が出ている。ラティーノ(中南米系)の有権者の支持率も、過去の選挙よりはるかに上がっている。
4. 大卒者より大卒でない人がずっと多い
自分は忘れられ、置き去りにされてきた――。そう感じる有権者にトランプ候補がアピールしてきたことで、アメリカの政治地図は大きく変わった。労働組合に加入する労働者は伝統的に民主党支持者だったが、その多くが共和党支持に転じた。アメリカ産業を保護するために関税を使うというやり方も、ほとんど通常のことになった。
もしトランプ候補が激戦州の農村部と都市郊外で、多くの票を固められれば、たとえ共和党を支持する大卒穏健派を失ったとしても、その分は埋め合わせられる。
5. 不安定な世界で「強い」とみられている
トランプ候補がさまざまな独裁者に接近することで、アメリカの複数の同盟関係を損なっているという批判がある。
これに対して前大統領は、自分の行動が予測しづらいことは強みだと位置づけており、自分がホワイトハウスにいた間に大規模な戦争が始められることはなかったと指摘する。
アメリカ政府がウクライナやイスラエルに巨額の支援を提供し続けていることに、多くのアメリカ人がそれぞれの理由から怒っている。そして、多くのアメリカ人が、バイデン大統領の下でアメリカは弱くなったと考えている。
保守派男性に人気のコメディアン、ジョー・ローガン氏のポッドキャストなどを通じて、トランプ候補が支持を呼び掛けてきた男性を中心に、過半数の有権者はハリス候補よりもトランプ候補の方が強力な指導者だと考えている。
ハリス候補が勝てる理由は……
1. トランプ候補ではない
トランプ候補にはさまざまな利点があるものの、社会をひどく分断する存在であることに違いはない。
2020年大統領選では、共和党候補としては記録的な票数を獲得したものの、それよりさらに700万多い数のアメリカ人がバイデン氏に投票したせいで、落選した。
今回のハリス候補も、トランプ再選がいかに恐ろしいものかを強調している。トランプ候補を「ファシスト」と呼び、民主主義への脅威だと非難し、自分は「騒ぎと対立」の先へ行くと約束している。
7月のロイター/イプソス世論調査によると、国民の5人中4人が、アメリカは制御不能になりつつあると感じていた。ハリス候補は、穏健派の共和党支持者や無党派層が、自分を安定の候補とみなしてくれるよう期待している。
2. そしてバイデン氏でもない
バイデン大統領が選挙戦から撤退した時点で、民主党の敗北はほぼ確実な状態だった。打倒トランプで一致団結した民主党は、たちまちハリス副大統領をこぞって支持した。そこからいきなり走り出し、あっという間に見事なほどの勢いを示したハリス氏は、それまでより前向きなメッセージを発して、民主党支持者を活気づけた。
共和党はバイデン政権の特に不人気な政策をハリス氏に結び付けてきたものの、バイデン氏だけを念頭に共和党が繰り返してきた非難の一部は、ハリス候補によって無効になった。
特にわかりやすい例が、年齢の要素だ。有権者はバイデン大統領の高齢を本気で心配しているという結果が、世論調査では常に出続けていた。それが今では逆転し、大統領に当選する最高齢記録を作ろうとしているのは、トランプ候補の方だ。
3. 女性の権利保護を掲げている
アメリカ全国で女性の妊娠中絶権を保障していた重要判例を連邦最高裁が覆して以来、今回が初めての大統領選だ。
中絶権の保護を心配する有権者は、圧倒的にハリス候補を支持している。そして、特に2022年中間選挙でそうだったように、この問題は投票率の大幅上昇につながり、結果に具体的な影響をもたらし得るものだ。
今回の選挙では、激戦州アリゾナを含む10州が個別に、中絶をどう規制すべきかという住民投票を合わせて行う。この影響で投票率が上がれば、ハリス候補にとって有利に働く可能性がある。
ハリス候補が当選すれば、アメリカ初の女性大統領になる。このことも、女性有権者の支持率をさらに引き上げるかもしれない。
4. 支持者が実際に投票する見通しが高い
世論調査からハリス候補が有利とされる有権者のグループは、大卒者や高齢者だ。こうしたグループは他の人口グループより、実際に投票する見通しが高い。
投票に積極的な集団には民主党支持者が多い。他方、トランプ候補が支持を伸ばしているのは、投票しないことが比較的多い、若い男性や、大卒ではない人たちといった集団だ。
米紙ニューヨーク・タイムズとシエナ大学の共同世論調査によると、たとえば有権者登録はしているものの2020年には投票しなかった人たちの間で、トランプ候補は圧倒的にリードしている。
そうなると、その人たちが今度は投票するのかどうかが、今回の選挙で大事なポイントになる。
5. 選挙資金をより多く集めて使ってきた
アメリカの選挙には金がかかる。これは秘密でもなんでもないし、2024年の選挙はこのままでいくと最も多額の選挙資金が使われた選挙になる。
選挙資金の使いっぷりを比べると、ハリス氏が勝っている。英紙フィナンシャル・タイムズの最近の分析によると、7月に候補になってからというもの、2023年1月からトランプ候補が集めた寄付金よりも多額の資金をハリス氏は集めた。選挙広告に使った費用も、ハリス陣営はトランプ陣営の倍近いという。
大量の選挙CMを連日浴びせられている激戦州の住民が、究極的にはこの激戦を決めるのだということを踏まえれば、選挙広告にかけている資金の差というのは、勝敗の行方に何らかの役割を果たすのかもしれない。
(英語記事 10 reasons both Harris and Trump can be hopeful of victory)