イスラエルで先に、パレスチナ・ガザ地区での停戦と人質解放の合意を失敗させる可能性のある文書を流出させたとして、政府報道官が逮捕されたことが明らかになった。
イスラエル中部リション・レジオンにある治安判事裁判所は3日、箝口令(かんこうれい)の一部を解除し、ネタニヤフ・ベンヤミン首相側近のエリエゼル・フェルドスタイン容疑者を含む4人が、欧州の新聞に情報を流した疑惑を捜査中だと明らかにした。
イスラエル国防軍(IDF)運営のラジオ局も、この件に関係して5人目の逮捕者が出たと報道。容疑者は、軍の情報部門情報セキュリティー部門で、情報漏洩の防止と調査を担当している少佐だという。現地紙ハアレツは、名前が明かされていない容疑者は全員、この部門の関係者だと報じた。
ネタニヤフ首相は部下の不正行為を否定しているが、野党の政治家や人質家族は、政府が交渉を妨害していると非難している。
英紙「ジューイッシュ・クロニクル」とドイツのタブロイド紙「ビルト」に提供された文書は、部分的な情報や誤情報に基づいており、人質交渉の重要な局面で明らかになった。
流出文書によると、ハマスはイスラエルの人質をエジプトに秘密裏に移動させることで、提案された停戦合意を阻止しようとしていたという。
こうした内容は、ガザに関する交渉で強硬姿勢を取っているネタニヤフ氏にとって、政治的に有益なものだと指摘する意見もある。
2023年10月7日にハマスが拉致した251人のうち、100人以上の人質が依然として行方不明のままだ。
外国メディアに提供された文書は、イスラエルの軍事検閲法を回避するために、欧州の新聞で公開されたとされている。
英ジューイッシュ・クロニクルは、匿名のたった一つの情報源だけを基に記事を公開していたことが発覚し、スキャンダルに巻き込まれた。記事を書いたフリーランスのライターは解雇され、記事は最終的に削除された。
この記事は、ハマスの指導者ヤヒヤ・シンワル氏は約20人の人質に囲まれて行動しており、シンワル氏と人質をエジプトに移動させる計画が見つかったと報道していた。記事を受けて、イスラエルの主だった安全保障専門ジャーナリストは、この内容の信憑(しんぴょう)性を疑問視した。シンワル氏は、10月半ばにガザ南部でイスラエル軍に殺害された
ジューイッシュ・クロニクルの記事について、多くの著名ライターが同紙は報道基準が欠落していると非難し、同紙から去った。そのうちの一人、ジョナサン・フリードランド氏は、世界最古のユダヤ人向け新聞における「大きな不名誉」が、コラム終了の理由だと書いていた。
ジューイッシュ・クロニクルは当時、フリーランス記者イーロン・ペリー氏の「経歴の一部に疑惑が持ち上がった」として「徹底的な調査」を実施したと発表した。また、ペリー氏が記事に書いた内容の一部に「満足していない」とし、記事を削除したうえで、ペリー氏との関係を断った。
ペリー氏はBBCニュースに対し、ジューイッシュ・クロニクルは「その声明で大きなミスを犯した」と話していた。また、同紙の編集者に情報源を明かすことはできないとし、「嫉妬による魔女狩り」を受けたと表現した。
一方、独紙ビルトの記事は別の情報文書に基づいていた。この文書は本物だと判明したものの、著名なセキュリティー・ジャーナリストのロナン・バーグマン氏は、その重要性が大げさに誇張されていると指摘した。
首相は疑惑から距離置く
今年9月に記事が掲載された後、IDFは情報流出の元を突き止めるための調査を開始。フェルドスタイン容疑者と、身元が明らかになっていない他3人の逮捕につながった。
フェルドスタイン氏は政府報道官として働き、首相の訪問に同行している姿がよく目撃されていた。それ以前には、極右のイタマール・ベン=グヴィル国家安保相の下で働き、イスラエル国防軍の報道官を務めていたこともある。
同氏逮捕のニュースを受け、野党の主要政治家2人が記者会見を行った。
最近までネタニヤフ氏の戦争内閣の一員だったベニー・ガンツ氏は、機密の安全保障情報がネタニヤフ氏の「政治的生き残り工作」に利用されていたのであれば、それは犯罪行為であるだけでなく、「国家に対する犯罪」だと述べた。
同じイベントで演説した最大野党「イェシュ・アティド」のヤイル・ラピド党首は、もしネタニヤフ氏がこの流出を知っていたなら、首相は「最も深刻な安全保障違反の共犯者」だと批判。知らなかったとしても、首相の職にふさわしくないと述べた。
この文章流出は、人質の家族からも強い批判を受けた。家族らは、政府が人質解放を確保できないことにますますいら立ちを募らせている。
家族らは、これは自分たちを貶めるための積極的なキャンペーンを示唆していると指摘。「底の抜けた道徳の低下」だとした。
アインアヴ・ザンガウカー氏の息子マタン氏は、1年以上もハマスに拘束されている。テルアヴィヴで行われた抗議集会でザンガウカー氏は、英ジューイッシュ・クロニクルや独ビルドに掲載された内容は、「合意を阻止するためにネタニヤフ首相が重ねてきた、うそのプロパガンダを裏付けるものだ」と話した。
こうして首相は厳しい批判にさらされている。しかし、このスキャンダルがネタニヤフ首相にとって致命的なものになると考えている人は、イスラエルにはほとんどいない。ネタニヤフ首相はすでに、収賄や詐欺、背任の容疑で複数の裁判に直面しているが、極右政党と宗教政党の連立政権に支えられながら政権にとどまっている。ネタニヤフ氏はいずれの容疑も否認している。
イスラエル紙ハアレツの著名コメンテーター、アンシェル・プフェッファー氏は、「『首相の責任追及はまだだが、首相を失脚させるには十分だ』と言えるような告発は、まだ出ていない」と話す。
プフェッファー氏はまた、ネタニヤフ政権が崩壊する兆候はないとも話す。
「政府は、首相は弁護士とジャーナリストの陰謀の犠牲者であり、今では、首相を陥れようとしているという安全保障機関も加わっていると主張している」
ネタニヤフ首相は、逮捕された側近は機密情報にアクセスしたことはないと主張し、疑惑との距離を置こうとしている。
しかし、このスキャンダルは拡大しており、政府と人質家族の間のすでにぎくしゃくした関係をさらに悪化させている。
(英語記事 Netanyahu aide leaks may have harmed hostage talks, court says)