ジョー・インウッド、BBCニュース(エルサレム)
アメリカのドナルド・トランプ次期大統領は、マイク・ハッカビー元アーカンソー州知事(共和党)を駐イスラエル大使に、ゴルフ仲間のスティーブン・ウィトコフ氏を中東問題担当の大統領特使に、それぞれ起用すると12日に発表した。この人事から何が見えてくるのか。
ハッカビー氏は今のところ、手の内を見せずにいるようだ。
駐イスラエル大使候補になったことが公になってすぐ、ハッカビー氏はこう述べた。「政策を決定するのは私ではない。私は大統領の政策を実行していく」。
しかし同時に、第1次トランプ政権が在イスラエル米大使館をエルサレムに移転したことや、イスラエル占領下のゴラン高原をイスラエル領と認めたことにも言及。第2次政権の中東政策がどのようなものになると考えているのかをうかがわせた。エルサレムはその帰属をめぐりイスラエルとパレスチナが争っている場所だ。第1次政権による決定を、イスラエルの右派勢力は温かく歓迎したが、パレスチナ人は断固として拒否した。
「これ以上のことを成し遂げた人は誰もいない」と、ハッカビー氏はイスラエルのラジオで語った。「トランプ(次期)大統領と私はこれが続いていくことを十分に期待している」。
トランプ次期大統領がパレスチナ・ガザ地区でのイスラエルとイスラム組織ハマスの戦争にどのようなアプローチを取るのかはいまだ不明だ。しかし、イスラエル政界の右派勢力は、次期大統領がハッカビー氏を駐イスラエル大使候補にあげたことを歓迎している。パレスチナ・ヨルダン川西岸地区の領土を保持し、入植地を拡大するというイスラエルの長年の目標にとって、アメリカの次期政権の政策が非常に好都合なものになることを、ハッカビー氏の起用が示していると見ているからだ。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の極右の閣僚2人は、この人事を喜んだ。ベザレル・スモトリッチ財務相は「一貫性のある忠実な友人」への祝福のメッセージをソーシャルメディアに投稿。イタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相はハートの絵文字とともに「マイク・ハッカビー」と投稿した。
入植地の併合を認めるか
スモトリッチ氏とベン=グヴィル氏がハッカビー氏の起用を歓迎するのには理由がある。ハッカビー氏はかねてから、将来誕生するかもしれないパレスチナ国家の一部となりうる領土に、イスラエル人入植地を拡大するという多くのイスラエル人の野望を一貫して支持してきたからだ。
2017年、ヨルダン川西岸地区にある最大規模のイスラエル人入植地の一つで行われた定礎式の後に開かれた記者会見で、ハッカビー氏はこう述べた。「入植地というものは存在しない。これらはコミュニティーであり、近隣地域であり、都市だ」。
「占領というものは存在しない」
この翌年には、「イスラエルには(先祖代々の土地)ジュデアとサマリアの所有者であることを証明する権利証書があるはずだ」と述べた。ジュデアとサマリアとは、1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領された際にヨルダン川西岸地区となった地域を指す呼称で、イスラエルの多くの人が使っている。
第1次トランプ政権は2019年、パレスチナにおけるイスラエルの入植地は国際法上違法とはみなされないと宣言。アメリカが数十年続けてきた政策と矛盾する対応を取った。2020年には中東和平案を発表し、イスラエル人入植地の併合を容認するなど、歴代のどの米政権よりも入植者に好都合とされる決定が下された。
イスラエルの右派勢力はハッカビー氏の起用を、トランプ政権に移行すればヨルダン川西岸地区の併合などイスラエルの課題をさらに推し進められることを示すサインととらえているようだ。
スモトリッチ氏は11日、2025年はヨルダン川西岸地区における「主権の年」になると発言。イスラエル当局に占領地を併合する準備を開始するよう指示したと付け加えた。
パレスチナの政党「パレスチナ国民イニシアチブ」の代表でベテラン政治家のムスタファ・バルグーティ氏にとっては、まさに恐怖といえる事態が起きている。
「戦争によって奪った占領地を併合するという考えが合法とみなされ、容認されるようになれば、世界のほかの強力な国々がどのような反応を示すのか、想像がつくだろう」とバルグーティ氏は言う。「つまりこれはパレスチナ人や私たちの苦しみというだけでなく、国際秩序に関わる事態だ」。
スモトリッチ氏の望みがかなうかどうかはまだわからない。イスラエル紙タイムズ・オブ・イスラエルのタル・シュナイダー政治担当編集委員は、イスラエル人入植者寄りの駐イスラエル大使が間違いなく、米政権で入植者寄りの政策を取るとは限らないと指摘する。
「4年前に(当時の)トランプ(大統領)を取り巻いていた人たちの中には、入植や併合を支持する者もいた。それでも当時の政権下ではそういうことは起きなかった。今回もそうならないと思う」
中東特使にゴルフ仲間を起用
ハッカビー氏の人事と同じ日に、中東問題担当の大統領特使への起用が発表されたスティーブン・ウィトコフ氏は、不動産開発業者であり、トランプ次期大統領の長年のゴルフ仲間でもある。9月に2度目の暗殺未遂事件が起きた際も、2人は一緒にプレーしていた。
ウィトコフ氏がどのような外交政策経験をこの役職にもたらすかは不明だが、同氏は以前、トランプ次期大統領のイスラエルとの取引を称賛したことがある。
次期大統領の「リーダーシップはイスラエルと同地域全体にとって良いものだった」と、ウィトコフ氏は7月に主張していた。
「トランプ大統領によって、中東は歴史的水準の平和と安定を経験した。強さは戦争を防ぐ。イランの資金が途絶えたことで、イランによる世界的なテロ行為への資金供給は阻止された」と、ウィトコフ氏は述べた。
イスラエルは強硬派を駐米大使に任命
5日投開票の米大統領選でトランプ候補の勝利が確実になって3日後、ネタニヤフ首相は強硬派の入植指導者を新たな駐米大使に任命した。トランプ次期政権は右派の主張を受け入れてくれるだろうと、ネタニヤフ氏が考えていることがうかがえる。
アメリカ生まれのイェヒエル・ライター新駐米大使は、ネタニヤフ氏が財務大臣だった際に首席補佐官を務めていた人物で、ヨルダン川西岸地区の併合を支持している。
イスラエル紙ハアレツによると、ライター氏はかつて、極右のラビ(ユダヤ教指導者)メイル・カハネ氏が創設した、米拠点のユダヤ防衛同盟 (JDL)で活動していた。ライター氏の息子はガザで戦死した。
報道によると、ライター氏はイスラエルとアラブ諸国の関係の正常化のためのトランプ次期大統領の取り組みである2020年の「アブラハム合意」を支持しているという。しかし、現在もガザ戦争が続き、パレスチナ人の苦しみをめぐりアラブ諸国の怒りを買っていることで、そのプロセスは滞っている。
パレスチナ人はすでに、アメリカに幻滅している。ガザ戦争の最中にジョー・バイデン現大統領がイスラエルを支持したためだ。彼らは、イスラエル寄りの人物が駐イスラエル大使候補になったのを、次期大統領が最終的に「2国家解決」によってイスラエルとパレスチナの紛争を解決するという可能性をさらに遠のかせるつもりでいることの表れだと指摘している。「2国家解決」とは、パレスチナとイスラエルのそれぞれの国家が隣り合って共存する案だ。
「ハッカビー氏は国際法に間違いなく違反することを主張している」と、前出のパレスチナの政党「パレスチナ国民イニシアチブ」のバルグーティ代表は言う。
「この地域の和平という大義にとって、本当に悪い知らせだ」
(英語記事 Trump's pick of Huckabee and Witkoff a clue to Middle East policy)