たとえば、午後10時~12時の間に眠っていないと成長ホルモンの分泌が低下して肌が荒れる。はたまた、90分の倍数で眠れば睡眠時間が短くてもすっきり起きられる、など。「全く根拠のないことというわけではないが、現実的には意味のないもので、都合のよいこじつけのようなことが多い。それが証拠に、これらを実行して睡眠の問題が解消して、健康になったという人には出会ったことがない」。
そう断言するように、著者は精神科臨床を出発点に、「人はなぜ眠るのか」という基礎的研究に入り、睡眠に悩む人たちの実態をめぐる疫学研究、睡眠障害のメカニズムや治療についての臨床研究に勤しんできた。睡眠障害専門外来をへて、現在は、日大の精神神経科と睡眠センターで診療にあたっている。
本書が、「臨床の現場に立つ第一人者による睡眠学への招待」であるゆえんである。
レム睡眠とノンレム睡眠
2つの眠りがある意味
最新の科学的知見にもとづく「快眠のためのヒント」が散りばめられ、役に立つのはもちろんだが、個人的には、「人間にとって睡眠とは何か」というアプローチが謎解きのようでわくわくした。
浅い眠りのレム睡眠と深い眠りのノンレム睡眠という2つの眠りがある意味は何だろうか?
<もともと身体を休めるための睡眠であったレム睡眠があり、この睡眠状態では脳を積極的に休ませる機能はなかったということができる。(中略)高等動物になり大脳が発達してくるにしたがって、脳を積極的に休ませる仕組みが必要になり、レム睡眠とは異なった状態であるノンレム睡眠が発達したという。>
<さらに、私たち哺乳類の祖先にとって、身体が休むレム睡眠の時には脳は目覚めていて、脳が休むノンレム睡眠の時には、筋肉は完全に休まないというシステムは、眠っている時の無防備な時間を最小限にするという利点があったのではないかと考えられる。>
ノンレム睡眠は脳を休ませるだけでなく、身体にも重要なはたらきをしているという。成長や身体の修復にかかわる成長ホルモンは、ノンレム睡眠で熟睡している時に最も活発につくられる。
また、細菌やウイルスなどの侵入に対してつくられるインターロイキンなどの免疫物質の中には、体内の免疫機構を活性化するとともに、深いノンレム睡眠を誘発する作用を持つものがある。「感染時に眠たくなるのはこうした物質が働いている証拠と考えてよい」と、著者は語る。