2024年6月20日(木)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2014年5月27日

 日中間の交流は、国交回復から現在に至るまで、大半が政府やその関係機関を通して行われているが、その弊害はさまざまなところに生じている。例えば、歴史認識が衝突し、和解が進まないのは、国民レベルで歴史の記憶を紡いでこなかったからだ。中国では歴史が共産党の視点から描かれ、日本との国交回復も国民の意見をほとんど聞くことなく進められた。日本では、学校でアジアに対する戦争の加害者としての側面を学ぶことが少ない。最近中国の民間人が日本に対して戦後賠償を求める動きが見られるが、社会の発展に伴い人々の意識が変化し、インターネットが発達する中、埋没させられていた人々の声が聞こえるようになっている。

 ビジネスでもそうだ。労働争議や環境汚染に対する抗議活動が頻発しているが、今や、法律を遵守する企業にさえ、人々は満足しない。腐敗した政府と密接な関係を維持する企業を信頼しないからだ。企業は政府や共産党の有力者との関係づくりに精を出すより、従業員や近隣住民とのコミュニケーションに力を入れることを迫られている。

 中国には驚異的な貧富の格差が存在する。以前、浦氏は「大半の国民が制度を変えようとする自分のやり方を受け入れていない」ともらしたことがある。ほとんどの人々は、権力が容易に乱用される現在の政治体制に問題があることを分かっている。しかし、権力を持つ者と持たない者、金持ちと貧乏人の間で、価値観や認識を共有することは難しく、競争の激しい社会において、皆、自分の利益や権利を守ることに必死だ。

 浦弁護士ら改革派知識人の多くがこのように理想を捨てず、孤独の中で闘っていることを、我々日本人はどれほど理解しているのか。経済も環境も人権も、国境を越えてつながっている。隣に存在する巨大国家の行方が、日本に大きな影響を与えることは言うまでもない。また、多くの日本人が中国で暮らし、働き、中国に関わる仕事をしている。それにも関わらず、中国の問題を論じる際に、「あの国は……」と、「中国」を十把一絡げに捉え、突き放した見方をすることが少なくない。今こそ、中国の問題を、自らの問題としてとらえる視点が必要なのではないだろうか。 

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