イェルマーク氏(右)は長年にわたりゼレンスキー氏に最も近い側近の一人で、ロシアとの戦争終了へ向けた交渉では、かぎとなる役割を担ってきた。写真は2024年1月にキーウで撮影
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は28日夜、自分を長年にわたり補佐してきたアンドリー・イェルマーク大統領府長官が辞任したと発表した。汚職摘発捜査の一環で、イェルマーク長官の自宅が強制捜査されたのを受けてのこと。
ゼレンスキー大統領は大統領府前で国民に向けて率直に語り、イェルマーク長官の辞任と、29日から後任選びの協議を始めることを発表した。さらに、「戦争において外交と防衛に注目が集まっているこの時、国内の力が要求される」として国民の団結を呼びかけ、さもなければ「自分自身も、ウクライナも、自分たちの未来も、すべて失う恐れがある」と警告した。
これに先立ちウクライナの二つの反汚職機関は28日早朝、首都キーウの政府官舎にあるイェルマーク氏の自宅を捜索した。イェルマーク氏はソーシャルメディアで、「こちらは全面協力している」と述べた。
ウクライナの国家汚職対策局(NABU)と特別汚職対策検察庁(SAP)は、イェルマーク氏の自宅を家宅捜索した理由を明らかにしていない。
ウクライナでは、閣僚2人がすでに辞任する事態につながった大規模な汚職捜査が進んでいる。イェルマーク氏自身は不正行為の疑いをかけられていないが、批判が高まっていた。
反汚職当局は今月10日、原子力発電公社「エネルホアトム」などのエネルギー部門で約1億ドル(約155億円)規模の横領計画を指揮したとして、数人を摘発。複数の主要閣僚、政府関係者らが、ロシアの攻撃からエネルギーインフラを防御する建設工事で、業者から支払いを受けた疑いがもたれている。
イェルマーク氏は強大な政治的影響力を持つ重要人物で、ロシアによる全面侵攻の間、顧問としてゼレンスキー大統領を最も近くで支えてきた。ドナルド・トランプ米大統領が推進しようとしている現在の和平交渉では、ゼレンスキー氏はイェルマーク氏をウクライナ側の交渉代表に任命したばかりだった。
自宅が捜索される数時間前、イェルマーク長官は米誌アトランティックに対し、ウクライナの交渉姿勢を説明していた。「ゼレンスキーが大統領である限り、我々が領土を放棄するなど、誰も期待しない方がいい。彼は領土割譲に決して署名しない」と、長官は述べていた。
このインタビューでは、「巨大」な辞任圧力を受けていると認め、「なかなかの大ごとになっている。政治的影響のない客観的で独立した捜査が必要だ」とも話していた。
イェルマーク氏の支持率はこのところ急落し、所属政党を含むすべての党の議員が解任を求めていた。不人気の当初の理由は、選挙で選ばれていないにもかかわらず権力が大きすぎると見られたことが理由だったが、最近では拡大する汚職スキャンダルが理由となっていた。
最近の世論調査では、国民の70%が同氏の辞任を望んでいるという結果が出ていた。
閣僚や、ゼレンスキー氏がかつて立ち上げたテレビ制作会社「第95街区」の共同所有者らの関与が疑われる汚職スキャンダルは、数週間にわたりウクライナを揺るがし、ゼレンスキー大統領の立場を弱め、アメリカとの交渉力を危うくしている。
ウクライナはこれまで欧州の同盟国に支えられ、大幅にロシア寄りと見られていたアメリカ主導の当初の和平案の条件を変更しようとしてきた。
ゼレンスキー氏は28日夜の声明で、「ウクライナの交渉方針が、常に必要な形で提示されていたことについて、アンドリーに感謝している。常に愛国的な姿勢が示されていた」と語った。
大統領はさらに、「ロシアはウクライナにミスを犯させようとしている。こちら側はそのようなミスはしない。私たちの仕事は続く。私たちの戦いは続く。私たちには、退却したり内輪もめをしたりする権利などない」と強調した。
イェルマーク長官が交渉から離脱することは、ゼレンスキー氏にとって大きな打撃となる。トランプ政権の和平案の一環として、ダン・ドリスコル米陸軍長官が今週末までにキーウに到着する予定となっている。
アメリカ側の当局者は、来週にもモスクワへ向かう予定。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は28日、トランプ氏と自分の首脳会談をブダペストで開催するというハンガリーの提案を支持すると述べた。
プーチン氏は戦争終結に向けて引き続き、ロシア側の多大な要求を推し進めている。プーチン氏は27日には、ロシア軍が戦場で主導権を握っており、戦闘はウクライナ軍が東部ドンバス全域から撤退したときにのみ終わると主張した。ドンバス地域ではウクライナが依然として、戦略上の要衝となる複数の都市を掌握し続けている。
「(ウクライナが)撤退しないなら、こちらは武力でそれを実現する」とも、プーチン氏は述べた。
ウクライナの汚職対策当局NABUとSAPはこれまでに、国家原子力企業エネルホアトムを含む国営企業に対するリベートや影響力行使の広範なスキームを発見したと明らかにしている。
トランプ政権の和平案をめぐる協議にかかわったロシア当局者は、ウクライナのこの汚職疑惑を強調してきた。ウクライナを支援する欧州連合(EU)各国も警戒を強めている。ウクライナはEU加盟候補国だが、今月初めには「反汚職方針へのコミットメント」に疑念を示す報告が出されている。
ゼレンスキー大統領は今年7月、NABUとSAPを検事総長の管理下に置き、その独立性を制限する内容の法律を成立させた。しかし、これが国内の強い反発と、西側諸国の批判を招いたため、ゼレンスキー氏はすぐに方針を転換し、法律を撤回せざるを得なかった。
エネルギー部門に関する今回の汚職疑惑をめぐり、ゼレンスキー大統領はすでに、スウィトラナ・フリンチュク・エネルギー相とヘルマン・ハルシュチェンコ法務相(前エネルギー相)を解任。複数の容疑者が拘束されている。
この汚職スキャンダルは、ウクライナの電力供給を守るために不可欠なインフラ事業から資金が流用されたという疑惑により、世論を激怒させている。
ウクライナでは冬が始まっている。ロシアの攻撃はすでにエネルギーインフラを深刻に損傷し、全国のウクライナ人は1日数時間の電力で耐えなければならない状況にある。
ゼレンスキー氏とイェルマーク氏は、約14年前に親しくなった。当時、ゼレンスキー氏は人気俳優であると同時に有力なテレビ制作会社「第95街区」の幹部で、イェルマーク氏はその顧問弁護士だった。ゼレンスキー氏が2019年5月に大統領に当選すると、イェルマーク氏はその翌年、首席補佐官に任命された。
ロシアがウクライナ全面侵攻を開始した翌日、2022年2月25日の夜にゼレンスキー氏とイェルマーク氏は、他の政府幹部と共にキーウのバンコヴァ通りにある大統領府前に立ち、自分たちはここにとどまって戦うと誓う挑戦的なビデオメッセージを発信した。
「自分たちは皆ここにいる」とゼレンスキー氏はその動画でウクライナ国民に語り、「我々の兵士はここにいる。市民はここにいる。私たちは全員、自分たちの独立と国を守る。それは今後も続く」と強調した。
(英語記事 Zelensky's top adviser resigns after Ukrainian anti-corruption raid on his home)
